行動を起こさなきゃ人って変われない。踏み出すその一歩の勇気が大事なんだよ。そう思ってわたし、なけなしの勇気を振り絞って参加してみたわけなんです。
…いわゆる街コンに。
「清楚系かと思ったのに、花岡さんって意外と肉食系なんですね。」
バッサリと池田さんが厳しい一言を言い放ち、私の笑いはまた乾いた。
確かに今回の街コンには素敵な出会いがあったら、なんて下心満載で参加した。でも言い訳させてもらえばこれまでこういった催しに参加したことなんてないし、合コンもいったことないし、恥ずかしながら男性経験でさえ片手で数えても余裕で足りるくらいなのだ。
しかしここで何を言おうと所詮は言い訳である。わたしはお得意の愛想笑いを池田さんに向けた。
この目の前に居る彼、池田さんは私のバイト先につい一ヶ月ほど前に入った新人さんである。一個下で明るい性格みたいだけど、わたしは彼の発するイケメンオーラに気圧されてしまって、なかなか仲良くなれないでいた。その池田さんにあろうことか街コンで会ってしまって、さらにテーブルが同じになるなんて。…どんな偶然的不運だ。
「池田さん…はかわいい子探しにきたんですか?」
「ま、そんなとこですね。あと面白そうだったのもありますけど。収穫あって良かったですよ。」
癪に障るような言い方だが返す言葉もない。さり気なく時計を確認する。席のチェンジまでは後20分。長い。
「花岡さん、」
「あ、っはい?」
「そんなあからさまに時計見て落胆しないでくださいよ。」
「なな、何言ってるんですか、落胆なんてしてないですよ。」
「花岡さんって嘘が下手ですね。」
空間が違和感だらけである上に。図星を突かれたせいで頭の回転が鈍い。固まった私を気にする風でもなく池田さんが腕を組んでこちらを見た。
「ま、コンパらしく自己紹介でもしますか。俺の名前わかります?」
「えと、池田…池田…そう!三郎次さんですよね。」
「そっちは花岡花子さん、ですよね。」
記憶の奥底から池田さんの名前を捻り出した私と違い、池田さんはさらりと私の名前を言い切った。バイト仲間のひとの名前、もうちゃんと憶えてるんだ。偉い。でもその余裕の笑みに色々なものが隠されているような雰囲気を感じてしまうのは…私の考えすぎなのだろうか。やっぱりただ単に私がイケメン恐怖症に陥っているだけなのだろうか。だってイケメンって裏ありそうで怖いし。
「質問いいですか。」
「え?あ、どうぞ。」
余計なことを考えていたせいで返答が一瞬遅れた。…って私に質問?なんですかなんか怖いです。身構えて、池田さんの言葉を待つ。
「花岡さんってなんであのバイト先選んだんですか。」
じっと、大きな目をあけて池田さんは言った。なんだそんなこと。
安心したような拍子抜けしたような、とにかく一気に張りつめた全身の力がまた一気に抜けていって自然と顔が緩んだ。
「…近いからですよ。徒歩で2分くらいなんです。」
「ふうん。俺も歩いてそのくらいです。」
「へえ、そうなんですね。」
「花岡さん、俺の家どこか知ってます?」
「いえ?知らないですよ。」
知ってたらビックリです。目の前のアイスティのストローに口を付けながら心中で返答する。
「花岡さんのアパートの隣なんです。」
「…え、うそ!もしかしてあの高そうなクリーム色の壁のマンションですか?」
「そうですよ。」
「し、知らなかった…池田さん充分お金持ちじゃないですか。バイトする必要あるんですか?」
「なんでバイトしてるか知りたいですか?隣のアパートのかわいい子が働いてるからですよ。」
「へ、」
「なかなか初心そうな人だからじりじり行こうと思ってたんですけど。街コンに行くなんて聞いちゃったら作戦変更せざるを得ないですよね。」
音を発せず空いたままの口から間抜けに息を吸って吐いて、繰り返す。言葉を繋げない私に対して池田さんはどこまでも余裕で、その瞳が、私を見て、いて、池田さんがどうやら私を、作戦変更で、
「相手探してるならどうですか。自分で言うのもあれだけど、悪くないと思いますよ。」
言いながら少し顔を寄せてきた池田さんは、絶対に心得ている。私が傾く方法を。
暴れ出す心臓が私から冷静さを奪っていく。傾いていってしまう。
「あと5分で席チェンジだからそれまでに決めてください。今落ちるか、後で落ちるか。」
そんなセリフを言われて池田さんと目を合わせ続けていられるはずもなく。視線を紅茶の中へ沈ませる。
この瞬間も徐々に、けれど確実に傾いていく。意識が何を叫ぼうと、どんどん熱くなる体も余計に回転しない頭も、私が落ちていくのを今か今かと望んでいるみたいだ。
もはや私に残された選択肢は、
「答えなければ勝手に良い方に解釈しちゃいますからね。俺、意地悪で自己中なんで。」
思わず上げた視線を、視線で掴まれた。一秒経つごとに、どんどん池田さんに手繰り寄せられていく。残された選択肢がない?ううん違う。ほかの選択肢を選ぶ理由、三郎次さんを選ばない理由が、もう私にはないんだ。
墜落
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