小説 | ナノ

暗い部屋のなかで液晶画面だけが明るくてまぶしい。

ずらりと並んだメールの中をひとつずつチェックして、一番なんにも考えてなさそうな三郎次のメールに返信した。
免許とったからどっかいこーぜ、って。三郎次免許なんて取ってたのか。知らなかったな。いいよ、と打って送るとすぐに携帯が三郎次からの着信を受け取って震えだした。


「もしもーし」
「よー。もう外で待機してるから出てこいよ。」
「え、明日の話じゃなかったの?」
「今だよ今。暇だろ。」
「化粧してない。」
「そんなの問題ない。じゃ早く来いよ。」

言い返す前に電話は切られた。仕方なくのろのろ立ち上がると久しぶりに足に重力を感じて、やっとうまく息ができた気がした。


軽く粉をはたいて眉毛だけ書いて外に出てみると、若葉マークの光る黒い車がぎらりと光って待ち構えていた。そっと近づいていくとパッシングされた。むかつく。
助手席を開ければ、そこには思った通り、ハンドルを握って笑う三郎次がいた。

「ちょっと、眩しいんだけど」
「ひどい顔だったぞ。」

げらげら笑う三郎次はもう無視することにする。座席に乗り込むとすぐにミントの香りがした。三郎次にはまったく似合わないさわやかな匂いだ。

「ねーこれ三郎次の車じゃないでしょ。」
「ああ、友達に借りた。」
「ええ?色々ダイジョーブなの?」
「まかせろ。俺マリカーはかなりやりこんでるんだよ。」
「どうしてマリカーでそんなに自信過剰になれるの?」
「俺が天才だから。」

呆れてものも言えずにいると、ぐん、と体が浮いた感じがして景色の流れが速くなった。どうやら三郎次が急にアクセルを踏みこんだらしい。

「わっ、と、飛ばし過ぎじゃない?」
「山道だからヘーキだよ。」
「若葉のくせに!」
「いくぜ、」

また強い力で体が引っ張られる。車体はぐいぐいと景色を追い越して、窓の外で空気が流れていく。車が苦しそうな悲鳴をあげて鳴いた。エネルギーが燃える音がする。その速さを作る必死の力で、どこまでも行けそう。

「うわ、!」
「すげ、テンションあがるわ。」
「っはや!」
「どーだ若葉の運転も割とうまいもんだろ。意外とちゃんとできるもんなんだって。」

わしっと頭を掴まれて、ぐしゃぐしゃに髪の毛を掻き乱された。初心者なんだから運転に集中しなきゃだめなのに。その乱暴でやさしい手つきは、素直に甘えてしまいたいくらいうざったい。


「…三郎次、わたしにマリカー貸してよ。」
「いいけど。」
「やりこもうかな。」
「皆に連絡も、かえせよ。」
「うん。」

流れていく景色が、どこかに行きついてほしいような、たどり着いてほしくないような。このままどこまでも行ってしまいたいけど、またあの部屋に帰らないと。三郎次、息苦しくてもちゃんと息するよ。

おかげさま

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