小説 | ナノ

お嬢さんお嬢さん、その重そうな荷物、お持ちしますよ。

そう、突然笠を被った男が声をかけてきた。
海のはしっこのこんな辺鄙なところに、何やら見慣れぬ旅の装束でやってくるとは。ましてや優しい言葉をかけてくるとは、余程の物好きか、もしくは何か卑しい企みでもあるのか。そんな疑心を働かせて「結構です。」とつめたく返して通り過ぎてみる。

「えらく冷たいんですね、別にとって食おうってわけじゃないんですよ。」
「荷物を渡したら最後、売物を盗まれてしまったらたまりませんので。」
「盗まねーよ。ったく愛想笑いもできねーのか。」

急にくだけたような言い方になった男のその癪に障るような言い方に聞き覚えがあって。笠の下に隠れた顔を覗きこんでみれば、それはやはり三郎次だった。

「なんだあんたか…かえってきたの。」
「ああ、今ちょーどな。」
「普通に声かけてくればいいのに。」
「どんな反応するか見たくてさ。」
「相変わらず生意気みたいね。年下のくせに。」
「そりゃ、どーも。」

そう言って億劫そうに笠をとって、砂浜に立つ三郎次が目の前に現れた。
すっ、と慣れない感覚が駆け抜けて少しだけ苦しくなる。

「やっぱりな。」
「なに。」

ゆっくりと近づく三郎次が私の鼻の先まで来て、私を見下ろす。三郎次の黒目が細くなって顔の表情が緩んだ。

「背、抜いてやった。」

近くで微笑まれて、たまらず目線を下げた。三郎次は生意気でうるさくて、でもこんなに低い声じゃなくて、私を動揺させるような笑顔で笑わなかった。

「隣歩いてもこれでやっとサマになる。年上だからってもうお前に馬鹿にさせねーから。」

もう一度そうっと三郎次を見上げれば、ずいぶん身長は追いこされてしまったように感じた。ううん。なんだか、私の感情もみんな、先回りされて待ちかまえてるみたいな余裕さえある。

おかえり。言葉がみつからなくてだたそう言うと、ただいま。と返された。耳慣れない低い声がいつまでも耳に残った。

どうやら思い出せない

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