小説 | ナノ

「三郎次と何かあったのか。」
「うぇっ…!」

…左近ってば、おおかた鈍感なくせしてたまーに鋭いんだから。油断してたから思わずわかりやすい動揺を見せてしまった。否定するのも嘘くさくて、苦笑いでその場を濁す。左近はいつもみたいに口をひん曲げてわたしを一瞥してきた。

「喧嘩ならサッサと謝れよ。二人してよそよそしくしちゃって気持ち悪い。」
「喧嘩じゃない…なんでもないから。」

なんでもない。ただ三郎次を思い出すとしっかりと定まっていたはずの私の軸がずれ出すだけ。あっちへふらり、こっちへふらり。血はぐるぐると忙しく駆け巡っている感じで、体がどうしたらいいのか困り果てているみたい。
三郎次と遊んでいたら一緒に綾部先輩の穴に落ちた。それも三郎次の上に私が落ちた。丁度寄り添うみたいになってしまったから、跳ねた心を慌てて鎮めて暴言に備えて笑顔まで準備したのに。三郎次は何も喋らなくてこっちをじっと見つめるもんだから余計に私はぐるぐるぐるぐる血を巡らせて。

…ああもやもやする。
結局わたしもくたびれたような大人たちと一緒で、よくある物語展開と一緒で。男の三郎次に好かれたいと思いだしてて。もやもや、もやもや。

「その仏頂面、なんとかなんないのか。」
「あ、」
「ったく、なんでもないとは思えないけどな。」
「…私だって元通りになりたい。」
「なんだ。三郎次とおんなじこと言って、めんどくさいな。もとに戻ろ、でいいだろ。」

もとに戻ろ、って。
そう言ったら三郎次は頷いて、また私をからかってくれるのだろうか。

―それでいいのかな。

答えが見つからないままに私は頷く。

「よし、三郎次のところに行くぞ。善は急げだ。」

急がないと善は逃げてしまうなんて不便な世界だ。わたしにとっての三郎次の存在が定まるまで、あと少しな気がするのに。思いながらもそう思うだけでわたしは結局、左近と足並みを揃えてしまう。
もうきっと間に合わない。考えても答えが出ないような気もするし、それなら善の行く先に任せてみようかな。…うん。

「そんな顔すんな、大丈夫だから。きっとあいつもお前とおんなじ気持ちだよ。」
「…そうだと、いいんだけど。」

目の前の左近の影をただ追って小走りする。
わかんないことだらけだしどんな顔して会ったらいいのかわからないし。相変わらず全身をせわしなく血が巡ってるし、きっとおんなじ気持ちなんかじゃない、けど。でも、それでもはやく三郎次に会いたいんだ。これだけは確かだよ。

13/05/08~13/10/15(池田)

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