小説 | ナノ

おまえは変じゃないよと、食満は言った。
温かいというよりは刺すような日差しが地面に降り注いでいるのが見える。外の異様な明るさが目について思わず目を細めた。眩む。「そうかな」瞼を伏せて返事をする。瞼の裏で斑模様の光が残って、暗闇にはしばらく戻りそうにない。食満は、気のないわたしの返事に対し内心溜息をついていることだろう。

「わたしはさ」
「ああ」
「どろどろのきったない感情を隠して陽気なフリして優しい先輩になって、どうしてもあの子を守りたい。本当にこれが変じゃないっていうの。」
「だから、変じゃないっつってんだろ。お前もしつこいな。俺だって、倫理観なんかくそくらえ、他人なんか犠牲にしてでも何が何でもあいつらを守りたいって思うよ。ほら、一人じゃないぶん確率的にも俺の方が性質悪いだろ」
「バカだ食満は」
「あ?なんだそれ?」

そんなの、ひとり相手のほうがよっぽど、性質悪いにきまってるじゃんか。
重い腰をあげて用具倉庫を見渡す。まだ眩む。「埃っぽいなあ。今日の委員会、大掃除でもする?」食満はこちらを見た。笑いながら「そうだな」と言った。食満はイイ奴だ。
背伸びして棚の荷物を引っ張り出してみる。埃が少しまった。

「あーあぐちゃぐちゃだよ。誰だ備品こんな入れ方したのー」
「どうせしんべヱか喜三太だろ」
「まあ…そうだろうね」

引き出した箱をまた元の場所に戻す。あとで、これはわたしが直してあげなければ。きれいに整理して、あの子に、言ってあげなければ。

「贔屓と言われればそれまでだけど」
「ああ」
「ただあの子にだけなんだ、わたしはしんべヱだけ守りたいし、変わって欲しくないんだよ」
「そうか」
「くノ一の後輩の子、嫌い。あの子に女の存在を教える危険因子なんていらないの。かわいい後輩でとっても良い子なのに、わたしそんなことばかり考えてる」
「そうか」
「そうかって」
「いいよそれで」
「なにがいいの」
「俺は、それでいい」

埃が光を反射している。眩んで、頭痛がしていた。風邪なのだと思うことにした。残像がうごめいて気分が悪いのも用具倉庫で冷えたせいにした。何かのせいにするのは罪悪感さえ持たなければ簡単に楽になれる方法だから。わたしはそれを巧く巧く使えるようになりたい。そのいつかが来るまでは必死に耐えなければ。
どたどたどた、と軽快とはほど遠い足音が聞こえてきてわたしは顔をあげた。感情が駆け抜けた。

「せんぱい、遅れてごめんなさい」
「しんべ、」
「せんぱい?」

くりくりの丸い目がわたしを見上げる。「なあに」眩みを誤魔化すように、しゃがんで目線を合わせた。無理やり細めた目尻に滴が溜まりそうになるなんてどうかしてる。こんなの恋でも愛でもなんでもないものだって知ってるくせに。

「うーんと、うーんと」

太い眉を下げ、わかりやすく困ったしんべヱが懐から白いものを取り出す。いやに白くてふっくらした丸い饅頭だ。

「これ!…ひとくちあげるから、元気だしてください」
「え、」
「せんぱい、悲しいんですか?」

え、と言った瞬間にまずい、と思った。こんな饅頭ひとつ、いやひとかけらでわたしの抑制はきかなくなる。そっと両腕のなかに大きな頭を収めると、大きな温もりがそこにはあった。食満は相変わらず笑っていた。

「しんべヱお前、ひとかけらはないだろ」
「だ、だって、」

そっと離した温もりが名残惜しくあった。腹の虫が響きを聞いて、それでもひとかけら貰おうと思った。暗闇の中で湧き出る優しさを、愛しさにしたい。だからはやく感情がなにかひとつ色褪せてしまえ。わたしの笑顔を見て、しんべヱが安心したように笑った。
そしてはやく何かが変わればいいのに。

眩む

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