小説 | ナノ

僕の今日の予定。朝起きてラジオ体操、もちろん第二まで。それから身支度を整えて朝食、予習、復習、お昼、食休み、予習、復習…

「私も藤内くんが何も知らないのはわかってたっていうか予想はしてたんだ。だってかずくんってどこか、人と違う雰囲気があるでしょ?みんなが知らない面を隠し持ってるんじゃないかって。」

人と違う雰囲気?それたぶん不運っていうやつだよ。みんなが知らない面?それたぶん数馬がときどき薄くて見えなくなるから必然的にだと思うよ。

「あ…ごめん。藤内くんにこんなこと言っても困るよね。でも、私ほかに相談できる人いなくって。」

今にも目に涙を溜めてきそうな目の前の、数馬の彼女である花岡花子さんの気持ちは確かにわからなくもないし彼女として彼氏のことがわからなくて不安になるのは当然の気持ち(予習によると)らしいので僕としても何とかしてやらんこともないなとは思っているだがしかし今日の僕の休日予習復習計画を崩されていることには少なからず苛々してしまうわけでだって僕も人間だしせっかくの休日だし僕のお昼休みは既に予定オーバーしているわけだしだからこの堂々めぐりの相談はそろそろやめにして行動に移さないか、ということで。

「僕はかまわないけれど、ここで色々と言っても仕方ないし早急に本人に確認とったほうがいいんじゃないかな。浮気してるのかどうか。」

僕の「浮気」の言葉に敏感に反応を示した彼女が傷ついたような顔をしてまた下を向く。なんか僕が追いつめているみたいで妙な気分だな。

彼女の話によれば、サークルやら勉強やらですれ違いの多い数馬が浮気をしているのではないか、と友人が教えてくれて悩んでいるのだとか。数馬と同じ専攻のやつから巡りにめぐってきた噂らしいが、どうやら最近の数馬は付き合いが悪く、学校が終わればすぐに家に飛んで帰ると言うし、スマホを見てはにやにやしている姿も目撃されているとかで。目立たないやつが目立つ行動をするもんだからかなり不審がられているらしい。相変わらず不運である。
が、まあ確かに僕の身にも覚えがあった。数馬に久しぶりにサークルで会って夕食に誘ってみたりしたが、困ったように笑って「家に帰らなくちゃいけないんだ。」と二三度断られた記憶がある。ははあこれは彼女である花岡さんが家に来てるのかとうとう半同棲でもはじめたのかと対して気にもとめずにいたが…まさか、本当に浮気とか、…いやいやあの数馬が浮気なんてありえない。花岡さんとなかなか会えないと嘆いていたのも記憶に新しいし。なによりそんな器用なマネができるようなやつじゃない。

気が付けば計画よりもお昼休みは40分オーバーしていた。迂闊だった、僕としたことが。慌てて構内のベンチから立ち上がった。

「花岡さん、数馬の家に行こう。」
「え、これから?」
「うん。僕が一緒に行ってあげるから。」
「え、ちょっとまだ、」

彼女の躊躇も無視してすたすた歩き出せば、息を切らせて彼女はついてきた。
ちょっと強引だけど許してほしい。僕としてはこれ以上せっかく立てた予定を無視して何もせず座っているのはとてもつらいのだ。数馬と花岡さんの仲裁に入るのもなかなか面倒なイベントだが、この際仕方がない。そうだ今日の予習は恋愛における男女間の悶着についてにしよう。そうすれば僕の残りの予定は問題なく遂行されていくはず。




数馬の家には問題なく着いた。早速、と呼び鈴を鳴らそうとしたところで、中から楽しそうな声が聞こえてくることに気がつく。思わず手を止めた。数馬だ。

「今日は一緒にお出かけする?良い天気だもんね。」

すっと、隣の彼女から表情が消えていく。僕、浦風藤内はまだ恋愛について予習段階であってこんなときに傍にいる人間がどういった対処をするべきかなどまだ考え付かないわけであってとにかく頭は混乱しているわけであって数馬は僕がこんな状況の時にどうしてこんなに楽しそうに笑っているのか理解できないわけで、

「今日は僕も休みだから長くかまってあげられるよ。ね、花子!」

いつも不運なくせにどうして僕はいま数馬よりも窮地に立たされているのかもわけがわからなくてていうか花子ってお前の彼女だろ常考お前の彼女は今俺の隣で青ざめて立ってるんだよバカえええいままよ!

覚悟を決めた僕は力をこめてドアを開け放った。




*




「ねえ、かずくんどういうこと?」

優しげに、俯いた数馬に寄り添う花岡さん。そして僕の周りをのそのそと歩くカメ。でかいカメ。なんでカメ…

思い切って開けたドアから見たものは、目を開いて驚いた顔の数馬、それからこのカメであった。一緒に散歩に出かけるはずの女性の姿は確認できず、代わりにいたのがこれ。なぜ馬鹿でかいカメが数馬の部屋にいるのかは当然ながら僕の予想の範囲外であるためさっぱりわからない。

「実は最近リクガメを飼い始めて…」
「えっ?そうだったの?」
「ごめん花子にはまだ言ってなかった。」
「早く言ってくれればよかったのに。私、かずくんが浮気してるんじゃないかって変な勘違いしちゃった。」
「う、うわき?そそんなの僕がするわけないじゃんか。僕花子になかなか会えないのが寂しくて仕方なくて。言っちゃえばそれでこの子飼い始めたんだから。なんとなく花子みたいだから。」
「ええ、このカメちゃんとわたしが似てるなんて、ひどいよかずくん。」
「へへ、ごめんね。」

なんだか僕どうしようもなく発言し辛いむしろ居てごめんなさい状態でどうしよう結局数馬の浮気だとか付き合いが悪いだとかはそういうことであったわけでつまり数馬は花岡さんに会えなくて寂しいなんて女子みたいな理由でリクガメ飼い始めて結構ゲージとか本格的なやつ揃えちゃってしかもカメに彼女とおんなじ名前つけちゃったりしてそんでもって結局彼女と友人にそのことがバレてしまって完全に不運発揮しているにもかかわらず正直今目の前の幸せオーラに飲み込まれて完全僕は空気でつまり僕は照れ臭そうに笑っているふたりとのそのそ歩くリクガメを見るために昼休み40分と予習時間を割いたわけでいやむしろ僕が結構不運じゃないかって話で。

「藤内くんに相談に乗ってもらってここまで連れてきてもらったの。本当にありがとう藤内くん。」
「ありがとう藤内。」

「…どういたしまして。」


落ち着こう浦風藤内。とりあえずは前向きに捉えて…恋愛のハッピーエンドを予習できたということでよしとしよう。
リクガメの花子ちゃんを撫でながら、僕は今日もおおむね予定通りの休日を満喫したのだと、そう自分を納得させることにした。

かずまくんのペット

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