小説 | ナノ

「花岡さんの涙を繋げたら、きっととてもきれいだろうねえ〜。」
「鶴町くんって趣味悪いよね知ってたけど。」
「そう?ロマンチックでしょ。」
「つまり人の泣き顔を見るのが好きってことでしょ。」
「花岡さんってひねくれてる〜。教室にいるときみたいにニコニコ頷いてればいいのに。」
「…ほっといてよ。」
「内心は結構荒んでるんだね。皆が知らない笑顔の裏のホントを、今僕の前でさらけ出してるわけだよね?なんかドキドキする〜。」


鶴町伏木蔵くんはただの保健委員である。これが前提であり、とても大事なこと。
私の悲しみをすくいとるのはいつからかこの、保健委員の鶴町くんの役割になりつつある。


*

失恋してぼろぼろになった私が泣き場所を探してたどり着いたのがこの保健室で。彼はそこの住人かつ、影の薄いクラスメイトであったというわけで。
ふらふらの私を見た鶴町くんが私に発した第一声は、「やあ、花岡さん。ぐちゃぐちゃの酷い顔してどうしたの?」だった。
同じクラスにも関わらず、おそらくそれが、私と彼の初めての会話だった。

会話という会話をしたことがない鶴町くんが、そのときずいぶん親しげに私を侮辱してきたことには虚をつかれけど、鶴町くんはなにも言わない私に黙ってコーヒーを淹れてくれたから、ぺこりと頭を下げただけで侮辱の件に対してはなにも言わないことにした。

「あ、頭なんて下げなくていいよ〜。だってこのコーヒー先生用のだし。これで花岡さんも共犯だしね〜」

赤い目でコーヒーをすする私を見て、にやっと優しくなさそうな青白い顔で鶴町くんはただ笑っていた。
それは別に、不快ではなかったけれど。


*


「そういう裏の顔って、スリルとサスペンスで溢れてるよねえ。」

あの日から奇妙な関係は続いている。行く先々で鶴町くんは私を待ちかまえて、こんな風に青白い顔で見つめながら言葉をつなぐ。私から悲しみをぐいぐいすくいとる。
…でもそれだけで、そこからはなにもしようとはしない。私の悲しみがなくなったあとに残った穴を埋める気はさらさらないようだ。だからずっとぽっかり、私の穴は鶴町くんのとなりであいたまま。
悲しみのいなくなった穴のなかは、まるで空の宝箱みたいに寂しくて。ただひっそりと存在感を消していくだけ。


「っねえ鶴町くん、」
「なーに?」
「…、」


そしてぽっかり空いた穴に、私の願いはまた沈む。


それ以上私から返事がないとわかるとふいっと視線をそらし、また鶴町くんは穴の存在を無視しだした。いや、無視する、ふりをしているのだ。最初は、悲しみをビーズみたいに繋げて鑑賞して楽しむ厭らしい趣味が鶴町くんにはあるのだと思っていたけれど、きっとそういうことじゃない。だって私は鶴町くんと初めて話したあの時よりもずっと前から、まとわりつくような鶴町くんの視線を感じてきた。自惚れでなく鶴町くんは…私が好きなはず、なのだ。
でもこうして距離が近くなっても鶴町くんは頑として、私の悲しみをすくいとることしかしない。

私の穴は待っている。塞がれるのを、いまかいまかと待っている。でもきっと待っていてもこの穴は埋まらない。そして鶴町くんは今日も、私の中でぽっかりあいた穴を確認してにやあと笑うのだろう。


ねえ、
埋め尽くして。


「鶴町くん、お願いだから、はやく、きてよ。」

とうとうこぼれた私の言葉を聞いた彼は、にやっと笑って快く了承する。「早く言ってくれればいいのに。」あふれでる嬉しさを隠そうともせずにそう笑うのだ。

かなしみ泥棒

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