小説 | ナノ

「宮前さん、手ぬぐい見てもいいですか。」
「どーぞ。」

そういえば新しい手ぬぐいを買おうと思ってた。と思い先輩に提案する。

「三郎次くんって、マイペースね。」
「あ、なんか気に障りましたか?」
「ううん。ぜんぜん。そういうことじゃなくて。こういう実習でも、いつもと変わらず買い物してる感じだから。」
「ああ、…僕が女慣れしてないからかもしれません。」
「そういうこと言えるのが凄いね。三郎次くんは。でも好きな子にだったら頑張りそう。」
「…どう、ですかね。」

花岡の顔が浮かんだ。さっきまで隣にいた花岡の笑顔。


私服姿の花岡は、どうしようもなくかわいかった。話したいのに、いつも以上に俺は何をしたらいいのかわからず、ただただ花岡を見ていた。
俺はきっと、花岡が好きなのだ。それも、どうしようもない所まできてしまっている。そう確信した。

「ね、花岡ちゃんは仲良いの?」
「…いえ、そんなに。」

仲良くなりたいんですが。

「そっか。花岡ちゃんおもしろい子だよ。…気使いすぎて心配なところもあるけど。」
「…先輩も、そう思いますか。」
「三郎次くんも?まったく、少しは頼ればいいのにね。」

困ったように笑って先輩が言う。

「先輩、前に花岡から柿もらって忍たまに配ったんでしょう?」
「え?知ってるの?」
「さっき、花岡から聞きました。」
「そー。あれもね、柿もってうろうろしてたから声かけたの。そうしたら、凄く悲しそうな顔して、柿が腐る前に食べてもらいたいんですって。私が余計に採ったから柿さんが食べられることなく腐っちゃうって涙ためてさ。」

くっくと笑いながら先輩が話す。その時の花岡には悪いと思ったが、こらえきれず俺も笑う。

「その場で笑いたかったけど、なんせかわいい後輩が目を潤ませてるわけでしょ?とても笑えなくてね。とりあえず私が引き取って仲のいい忍たまにあげたの。」
「食べ物も、凄くおいしそうに食べますよね。好きなんでしょうね。」

左近も言ってたが、花岡は本当に食べものが好きなんだろう。食堂でご飯を食べる花岡を思い出して頬が緩んだ。


「三郎次くんって、好きな子のこと考えるとそんな風に笑うんだね。」
「え?」

思いがけない言葉に驚いて横の先輩を見る。

「だてに三郎次くん追っかけてないわよ。あ、私は別にあなたに恋愛感情はないから安心して?」

ニッコリと効果音がつきそうな笑顔をこちらに向ける。
駄目だな。くのたまの先輩には勝てる気がしない。
苦笑いを返すのが精一杯だった。


「私も寄りたいところがあるの。行ってもいい?」
「どうぞ。」

そう先輩に連れられ来たのは、綺麗な髪飾り、結紐が並ぶ店。

「女装の授業用に、三郎次くんも買ったら?」
「…まだ、大丈夫です。遠慮しときます。」


とはいえ、することもないので軽く品物を物色する。
眺めていると、一つの結紐に目が留まった。

花岡に、似合うだろうな、

それは、シンプルでおとなしめの彩色ながらも気品漂うもので、どことなく、花岡を思わせた。
別にあげる予定もないが、なんとなく、購入してしまった。
いつか、何か理由をつけてあげられるだろうか。



「作兵衛さん、こっち!」

聞き覚えのある声が耳に届く。

「おー、ここかァ。すげえな、女の子の店だ。」
「かわいいんですよ。ここ。」

嬉しそうに笑う花岡と富松先輩が入ってきた。


――なんでも富松先輩、くのたま長屋まで行って花岡指名してきたらしいぜ。

久作の言葉が頭の中を往来する。


「花子」

ふいに聞こえた花岡の名前にどきりとする。

「はーい。なんですか。」
「この簪、かわいくないか。」
「あ、本当ですね!綺麗な夕日色。珍しい模様ですね。可愛い。」
「買ってやるよ。」
「へ?え、富松せんぱ…じゃなかった、作兵衛さん!いいですよ!そんな!」
「別に、恋人にプレゼントしたって、何にもおかしくないだろ?」
「そ、それは…」


うろたえる花岡はかわいい、が。
富松先輩は、やっぱり花岡のことが、好きなのだろうか。
実習とはいえ、名前で呼ぶとか、物を買ってあげるとか。好きでもなければそんなことしないだろう。

駄目だ、考え出すと、止まらない。


別に意味もなく富松先輩と自分を比べたり
(1年の差だとか、男らしさだとか)
別に意味もなく花岡が富松先輩に向ける表情を読み取ったり
(顔が赤い気がするだとか、いつもよりも嬉しそうだとか)

別に意味もなく、その場に居たくないと思ったり



出てどうすると叫ぶ思考を跳ね除け、俺の足は扉へ向かう。


「池田くん!」

反射的に振り返る。
ああ、こんなときに、声をかけてくれなくていいのに。

花岡はにこにことこちらに寄ってきた。

「池田くんも、来てたんだね。」
「ああ、まあ。」

近くで見て、花岡の顔が赤いことがしっかりわかってしまった。
駄目だ、
はやく、ここから、


「あ…池田くん、も何か、買ったの?」

そう言われて、俺はあからさまにそれを隠した。

「何でも、いいだろ。」


ぶっきらぼうな冷たい返し。よく直せと注意される言い方だ。
花岡は一瞬、顔つきを変えて、すぐに元の笑顔に戻った。
「ごめんね。」という言葉と一緒に。


――その意味を、花岡の性格を、俺は知っているはずなのに。






ぐちゃぐちゃな心のまま、外に出ると宮前先輩が壁に寄りかかって待っていた。
すみません、と小さく謝罪する。

宮前先輩は何も言わず俺の手をとって、歩き出した。


「余裕のない男はきらいよ。私は、あなただったら許すけど。」



口元だけ笑みを作る先輩の言葉が静かに胸に落ちていく。
俺は、馬鹿らしいほどガキと変わらないことを、ゆっくり受け止める。

まずは、帰って左近に怒られよう。





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