小説 | ナノ

僕は、駆け出した。




なんとなく、は僕にとっての普通であって僕はそれで世界が動いていると決めつけているから。曖昧だって言われても構わなかった。たとえば穴を掘る理由だって、なんとなく好きだから。すべてはそれに尽きるのだと。


息が切れる。もう苦しくなってきた。ふだんひとつのことに必死になるなんてことは、あまりないし、余計に疲れる。


ええと、彼女に会ったのは…そうそう、実はずいぶん前だ。
彼女は気がついたら僕を木の上から見下ろしていたんだ。

僕が初めて彼女の存在に気がついた時、とりあえずしばらく見つめ返してみた。それも、なんとなくで、彼女が視線をそらさないから僕もそらさなかっただけ。

そうしてずいぶんたってから、「あなたって随分めんどうくさがりなのね。」と彼女が溢したから、僕は「そうでもないよ。」と返した。面倒くさがりと僕の行動とでは意味合いが異なると思ったから。
そうしたら彼女がそこではじめて笑った気配がしたんだ。


それから穴掘りの合間になんとなく、上を見上げれば二回に一回くらいの割合で彼女はいた。あるとき「何をしているの?」と聞いてみたことがある。すると彼女は「なにもしてないわ。」と言って、そのあとすぐに「穴を見たかったの。」と付け加えた。変な子だと思った。

大抵は目があっても話さないことが多くて、彼女の姿を確認すればそれで終わり。僕は満足して穴堀りを再開する。彼女はじっと僕をみていたけど、別に話しかけてほしいわけではなさそうだった。僕が穴堀りを終える頃には彼女はいつもいなくなっていた。
そんなふうに、なんとなくで過ぎた時間だった。

そして彼女の名前を知ったのはついさっき。教えてくれたのはタカ丸さんだった。
あの娘、今度実習なんだって。
遠くに見えた彼女の後ろ姿を指差しながらいつもの調子でタカ丸さんはそう言ったのだ。

「そうですか。」
「心配だね。」
「そうですか。」
「そうじゃない?てっきり喜八郎くんは、」

そう言いかけたタカ丸さんをひとり置いてけぼりにして。
なんとなく、僕は歩き出していた。タカ丸さんの存在は僕の頭からそのとき既にもう抜け落ちていて。だから最近あの娘は穴じゃなくてぼうっと空を見上げていることが多かったのかもしれない、とひとり納得した。歩みが自然と速くなった。

そうしていま僕はやっとこ、




何事かと振り返る誰かの残像がすり抜けていく。苦しいけど足は止めない。これはなんとなく、なんかじゃない。僕はきみに会いたい。
だから待ってて。どうやら僕は幸せをたくさん、見落としていたから。

12/10/26~13/01/07(綾部)

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