小説 | ナノ

先輩のくのたまがタカ丸さんに想いを伝えたらしい。
そんな噂が耳に入ってきたのはつい先ほどの話。

「それがあの美人の先輩よ!あー、ショックだったけどあの人じゃ私勝ち目ないなあ。」

友人が物憂げにため息を吐く。いや、むしろその人が現れたおかげでタカ丸さんに近づかなかったことをあなたは喜ぶべきだと切に思うよ!

それにしてもどんな勇者だろうかその美人の先輩とやらは。タカ丸さんの本性を知らないままに見た目のスマートさに騙されてしまったのか。気の毒に、そしてありがとうございます。これでやっと私はタカ丸さんのおもちゃから解放されるかもしれない。学年で噂されるほどの美人の先輩に告白されたとなれば、タカ丸さんも機嫌よく私をその人と比べながら弄りのろけてくれるに違いない。そこで私が「さすがタカ丸さん、いやあ、本当にお似合いです。羨ましいですぐへへ。」と一声かければどうだ。完璧。タカ丸さんも鼻で笑いながら気をよくし、かわいいかわいい彼女につきっきりで忙しくなるに違いない。

希望の光を見た私がすぐに谷底に突き落とされたのはそれからすぐのこと。




「花子ちゃん。」

声をかけられ、反射的に恐縮する体をなだめる。大丈夫、今日はタカ丸さんも機嫌がいいはず。にっこり笑顔をはりつけて振り返ると、無表情のタカ丸さんが立っていた。あれ、幸せ疲れですかね?なんだか怖くて不審に思いながらも、でも気のせいということにして口を開く。

「ああタカ丸さんじゃないですか、今日の当番は終わりですか?」
「…ん。」
「そうですかあ、…ああそういえば、聞きましたよタカ丸さん。あの美人の先輩に告白されたんですってね!いやあさすがタカ丸さんです。お似合いだと思いま「すこし黙ってくれる?うっとおしいんだけど。」
「…ア、はい。」

タカ丸さんはそのままその場に腰を下ろし、舌打ちしだした。
エエエちょっとタカ丸さんなんでそんなに機嫌悪いんですかエエエエ。だっていいことあったでしょ?鬱憤なんてなにも、ないですよね?もう、どうしたらいいですかね?あ、もしかして、もうフラれたとか?本性を少しさらけ出してみたら、速攻で逃げられたとか?あり得る…
ってそんなことになったら私、また今日もタカ丸さんのオモチャ決定なんですけど!カンベンっす!!!!

「でもタカ丸さんを受け入れてくれる人も、私たぶんいると思うんですよね、多分その人、自分が弄られるのは耐えられないとか、そういう感じだったんじゃないですかね。ホラ、女なんて星の数ほどいますから!ダイジョーブだと、…思います!」
「花子ちゃんに慰められると余計みじめになるから何も喋らないでくれる?それになんか勘違いしてない?」
「エ?タカ丸さん、ふられたんですよね?」
「僕がふったの。」
「エ?」

なにそれ。
硬直して思考の整理をしていたら、突然無表情のタカ丸さんが私を指さして大笑いしてきた。エ?

「っく、花子ちゃんも役に立つときあるんだね。こんな間抜け面で僕を笑わせてくれるなんて健気だなあ。」

ひとしきり笑って、そしていつものように戻ったタカ丸さんは、いつものように私を馬鹿にしたように見下ろして卑しく口元をあげた。


「さーてと、じゃあ花子ちゃん、火薬のチェックしよっか。」
「え?あのさっき、終わったっていいませんでした?」
「え?言ってないよ。花子ちゃんにやらせるつもりだったから。」
「え?せめて五分五分でやろうと思わないんですか?」
「え?」

ああ、私が慰めの言葉をかけてあげようとか、考えるだけ無駄だったみたいだ。私はただの鬱憤晴らしにかわりないってわけですね。あーあ。期待して損した。それでも焔硝蔵に着いていく私、健気だなあ。ってか惨め。
案外さっきのタカ丸さんの話は強がりで、本当はフラれて嘘ついて意地張ってたりして。なーんて。

「僕のことなんて知りもしないくせにさあ。」

こっぴどくフラれて強がるタカ丸さんを想像していた私は、突然変わった空気にはっとした。いつかみたいにタカ丸さんの声のトーンが弱弱しさをもって蔵に響いた。
薄暗い蔵の中でタカ丸さんの表情まではわからないけど、でもなんとなくわかる。今のタカ丸さんはいつもうわべにはり付けている優しげな表情も、いつも私に向けている卑しげな表情も浮かべていない。
そしてそれは、きっとわたしもよく知る感情なのだ。

「ばかみたいだ。みんな。」

タカ丸さんは、さみしいんだと思う。

「…そう思うならさらけ出しちゃえばいいじゃないですか。」
「今更?」
「だってそのほうが楽ですよ。」
「考え方が単純で羨ましいよ。」
「…褒めてます?」
「うん。褒めてる。思考回路は単純だし弄りやすいし、間抜けにすっころんで僕の前に現れてくれて、まあ多少は感謝してるよ。」
「え?本当に褒めてます?」
「いいから早く手を動かしてくれる?花子ちゃんも半分やるんだから。」

ピシャリと冷たく言われて、慌てて作業にもどった。って私手伝ってるのになんで怒られるんですかね。なにも言いませんけど。

でも仕事量が半分になったのはおそらくタカ丸さんのわかり辛い、負の塊の中にある優しさだ。そして、きっと感謝してる、の言葉は本心で、嘘じゃない。きっとそうだ。根拠もなんてないけど、きっと。

暗さに少しずつ目が慣れて、作業がしやすくなってきた。仕事を手伝わされて酷いことも言われてるのになんだか気分がよくなって、寒々しい蔵の中にも温かさがやってきたみたいで。私じつはやっぱり苦痛に喜びを感じる人種なんじゃないかと不安に思ったりして。ほんと単純で馬鹿みたいで笑える。




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