小説 | ナノ

ついに実習の日がやってきた。
いつもより早く目が覚めてしまい、ゆっくりと準備を進める。

「花子おはよう。」
「おはよー」

同室の友人も目覚めたようで、眠そうに目をこすっている。


「今日は実習かぁ〜あーメンドクサイ。川西とか話したことないしな。」
「大丈夫だよ。左近ツンツンしてるけど優しいから、安心して。」
「あんたの紹介って時点で不安は3割増しなのよね〜」
「3割ってのがリアルでいやだよかおりちゃん。」
「池田」

その言葉にばっと振り向く。にやついた顔の友人が喋りだす。

「…に誤解されてるんじゃないの〜?あんたと富松先輩の噂、昨日だけで凄い勢いで広まったし。」
「知らなーい。」
「あーごめんって。拗ねないで花子。私心配なのよ。花子だって富松先輩とそんなに深い仲じゃないじゃない?ちゃんと警戒しなさいよ。手を出されたなんて事態になったらくのたま総出で富松先輩を攻撃しに行くわよきっと。」
「へいへい、わかりましたー…ねぇ、かおり」
「何?」
「私服の池田くんって、どんな感じかなぁ…」
「知らんわっ!…あー富松先輩に同情するわ私。こんなの落とそうと思ってるんだもんね。」
「なっ…!富松先輩は卵焼き仲間だし!そんなんじゃない!」
「じゃあ本人に聞いてみたら?先輩私のことが好きなんですかって。」
「聞けるわけないでしょっ」

絶対この子おもしろがってる…!

「ほら、早く準備しないと遅れるわよ〜」
「…ぅう。」



かおりと集合場所に歩いていると、ふいに背中を押された。

「たっ…て、左近か。おはよー」
「はよ。お前もっと女らしく歩いた方がいいぞ。お前のせいで先輩も減点される。」
「朝から厳しい評価、ありがとうございます。左近ちゃんは今日もかわいいよ。」
「…最近お前僕に反抗するよな。」
「いつまでも言いなりの花子ちゃんじゃーありませんよ。」
「あ、池田。」
「ふんだ、かおり、その手にはのらないよ!」
「清水、花岡。おはよ。」


私の動きがはたと止まる。左近の後ろから池田くんが顔を出した。

「いけ、だくんおはよう。」
「おー。」

体温が上昇する。池田くんが、わたしにあいさつをしてくれた。
今回こそ、会話のキャッチボール成立、初会話。ひとり感動していると左近が道をそれだした。

「じゃ、僕と清水は先に行くよ。」
「「…え」」

左近の言葉に思わず出た声が池田君と重なる。

「もうパートナーにも会えたことだしお先に出発しまーす、じゃーね〜」
ひらひらとかおりが手を振りながら言い、二人は門の方へ歩いていく。

あれ…
これはもしかするともしかすると、

池田くんと、ふたりきり、
意識するとどんどん恥ずかしくなる。ちょっとまって、まだそんな、準備が、え、

「…行くか」
「う、うん。」

集合場所の庭までのわずかな距離ではあっても、その間ふたりなのだ。
(嬉しい、けど!)

いきなりで、心臓がついていけません。
どうしようどうしよう!とりあえず、会話!会話をしよう、かいわを。不自然じゃないような…


「…池田くんは、今日誰と組むの?」

頭から搾り出した質問に、言った後に後悔した。何を聞いているんだろ、私。

「あー、…宮前先輩と。」

宮前先輩。知らないわけがない。池田くんを見てる、かわいくて、優しくて、とっても素敵な先輩。


「…そうなんだ、あの先輩、凄く良い人だから。きっと今日は大丈夫だよ!」

笑って池田くんにそう言う。大丈夫、このくらいのショックは余裕で隠せる。

前ね、私が食べるって欲張って大量に採った柿が余っちゃって。余って困ってたところに宮前先輩が来てね。全部貰ってくれたの。
忍たまに配ってあげるって。良い人だなって。私もこんな先輩になりたいなって思ったの。

言葉はするするとでてきた。ショックのほうが緊張を上回ってしまったからだろうか。
自分の余計なエピソードを入れてしまった羞恥心も、ショックに隠れてしまったみたいだ。それでも笑顔は絶やさない。

池田くんはこっちを向いて少しだけほほ笑んだ。また胸が痛む。

「そっか。花岡がそういうなら安心だな。」

胸の痛みの大きさから、池田くんを私がどれだけ好きなのか思い知る。





「あーいた、花岡〜」
「へ、あ、富松先輩!」

集合場所で富松先輩が手を振っているのが見える。その隣にいるのは

「宮前先輩も…」

池田くんと小走りで二人の下行く。

「待たせてすみません。」
「いいって。良かったな宮前。お前もパートナーが見つかって。」
「ちょうど良かったわ。じゃあ、池田くん。行きましょう。」
「はい。じゃあな、花岡。」
「うん。じゃあね池田くん。宮前先輩も。」


ふたりが、先を歩いていく。


「俺らも行くか。」
「…はい。よろしくお願いします。」

宮前先輩、とっても綺麗だった。私服の先輩の姿を見るのは初めてじゃないけれど。
やはり今日は実習ということでいつも以上に綺麗だった気がする。
…そんな先輩に、あんな優しい先輩に嫉妬しちゃうなんて、本当ばか。私。


「…今日はどこか、行きてえ所あるか?」
「そうですね、本とか簪とか見れたら嬉しいです。あと、その、できたらでいいんですけど…」
「甘味処?」
「ひや、なんでわかるんですか!」
「花子は甘いの好きそうだから。最後に行こうな。」

富松先輩がにやにやしながらこちらを見る。ばれてる。
…ん、なんか。違和感。


「と、富松先輩私のとこ名前で呼んでましたっけ?」
「いや。今初めて使った。今は恋仲なんだろ?俺ら。じゃあ苗字は変じゃないか。花子も、先輩はナシな。」
「えええ…」

そっか、そういう設定だった。男の人を呼び捨てにするなんて始めてだ。

「じゃ、…作兵衛さん。」
「ん。まいっか。」

まいっかって。先輩。


池田くんだったら三郎次、と私は呼べるのか、とひとり考える私に脳内でひとりツッコミを入れた。





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