小説 | ナノ

ふたりで歩く夜道はどきどきする。それは僕が花子ちゃんを好きだからっていうのがいちばんの理由。それから、薄暗い視界で静かな空間で、花子ちゃんの音と、温もりをいつもよりしっかりと感じられるのも、ひとつの理由。

「あ、」

花子ちゃんの発した声が聞こえたのと同時に、僕らの隣を列車が駆け抜ける。闇に切り取られた四角の列が光を運んでいった。

「誰も乗ってなかったね。」
「うん。こんな時間だからかな。」
「今電車に乗ったら席を独り占めかあ。いいなあ。」

花子ちゃんはオレンジ色の街灯の下でそう僕に言うとくすりと笑った。でも僕は知ってる。花子ちゃんが本当に心から笑うときにはもっと口を大きく開いてけらけらと笑うってこと。

「僕のところを置いてひとりで乗っていっちゃうの?」
「やだ、本当に乗るわけないじゃんか。だいいち駅は家と反対方向だし。」

それはそうだけど、

ためらいがちにそうこぼした僕に、「しろは寂しがりやだなあ。」なんて花子ちゃんはまたしおらしく笑う、けど。


「誰もいない電車に乗ってそのまま知らない土地に行けちゃったらすてきだけどね。」
「それは…アニメのなかだけだよ。」
「もう、しろって案外現実主義?」
「だって花子ちゃんはどこに行きたいの?」

僕の悲痛な問いかけに対して、花子ちゃんが一瞬逡巡したように沈黙を作った。

「とおいとおい、どこかに行きたい。」


僕は連れて行ってくれないの?そう言いかけた口をぐっと閉ざして代わりに夜の空気を吸い込んだ。そんなこと言ったら花子ちゃんはまた、僕を寂しがりやだってからかうんだろうな。
でも僕は、現実から目を背けてばかりいる僕以上の寂しがりやをなんとか隣にとどめておきたいんだ。僕は、ずっと花子ちゃんを見てるよ。とおいとおいどこかに行かなくたって、僕がきみの居場所になるよ。ねえこっちを向いて、あの頃みたいにはしゃいで笑ってみせてよ。僕は花子ちゃんの笑顔がだいすきだから。



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