小説 | ナノ

先日のことがあって、私も少し考えた。
タカ丸さんも、タカ丸さんなりに当たり前だけど悩みがあって、まあ色々と大変なわけだ。そりゃ鬱憤もたまる。人間だもの。だから全てを容認してあげるとか、そういう話ではないけど。非道の言葉がとても似合うタカ丸さんも、人間で安心しました。というわけです、マル。

今日は、大変にのどかな日だ。
おばちゃんの淹れてくれたお茶を飲みながら、ほっと一息つく。だらしなく背中を丸める私を見て、おばちゃんが笑っていた。

「今日はタカ丸くんといっしょじゃないんだね。」

珍しいわ。

おばちゃんの悪気のない言葉を否定する気はおきず、私は乾いたように笑っておいた。そう、実は今日夜まで学園にタカ丸さんがいない。待ちに待った私の休息日なのだ。
四年生はみな、簡単な実習があるのだとタカ丸さんは言っていた。そうですか、それは大変ですねえ。笑顔を堪えて私が返すと、「ずいぶん嬉しそうな声色だね。」とにっこり笑われたのが昨日の話。私は感情を完全に隠すのが本当に苦手だと思う。

「平和だー…」

これから溜まっている洗濯物を片付けて、ついでに部屋掃除しよう。自分の時間があるって、とても素敵だ。
机に突っ伏して伸びをする。おばちゃんが包丁で何かを小気味良くきざむ音が流れてきて、私は目を閉じてそれに聞き入った。


*


「花子、起きなさい。」

気がつくと、揺すぶられて起こされていた。焦点の定まらないまま状況理解に努める。見慣れた自分の部屋。そうだ、お茶を飲んだ後に戻って昼寝をしていたんだった。同室の子が、私の体をこれでもかと叩いている。

「あー…おはよう。もう夕方?」
「そうよ、夕御飯になっちゃうわよ。ってそれよりね、花子を呼んできてって言われてるの。早く顔洗って外行っておいで。」
「げっ、タカ丸さんだったら花子はいませんって言っといて。」
「違うよ、綾部くん。綾部喜八郎。」
「え?」

あやべ?ってあの穴堀り小僧?一体私に何の用だろうか。まあとにかく人を待たせてはいけないと、飛び起きて向かってみる。
確かに、噂の綾部喜八郎らしき人物が、すぐそこで穴を掘っていた。

「すみません、」

ざくざく小気味よいリズムで土が掘られている。しかし音はなりやまない。

「すーみーません!」

大声を出したらようやく泥だらけの忍たまが穴から顔を出した。

「ああ、どーも。あなた花子さん?」
「はあ。」
「タカ丸さーん、来ましたよー」
「げっ」

嵌められたああ!
そう気がついて後退りしたときにはもう遅い。近くの茂みから満面の笑みのタカ丸さんが出てきた。

「ででででたあーー!!」
「そんなに寂しかった?」
「ひいいええ!!ごめんなさい!」
「じゃ、僕はこれで。」
「ありがとお喜八郎くん!」

あのひと共犯だったのか…なんてことだタカ丸さんに友人がいるとは…完全に油断していた。
はい。今日も私の穏やかで平和なときは、一日ともちませんでした。

「花子ちゃんなら何の疑いもなく来てくれると思ったよ。」
「またひとつ、人間不信になりましたね。」
「よかったね!」
「どこがですか。」
「そんな花子ちゃんに今日はプレゼントがありまーす!」
「嫌な予感しかしません…」
「いつも髪の毛に無頓着でボサボサの頭を恥ずかしげもなく人前に晒している花子ちゃんにはぁ…櫛のプレゼントだよー!」
「はあ…」

ぽんと、無造作に私の手に落とされたそれは、確かに櫛だった。しかも、新品の。しかも、飾り模様のついた、高そうな、…え?

「いやあ、僕って優しいね…」
「これ、アレですか?といたら仕込まれていたカミソリで毛がバッサリ切り取られる仕組みですか?」
「見事なほど疑心暗鬼で想像力が豊かだね花子ちゃんは!これはフツーの櫛だよ。」

恐る恐る髪の毛を通してみる。それは驚くほどにフツーの櫛だった。角度によって色を変える、美しい櫛。

「っえっと…」
「櫛をあげるって、意味知ってる?知らなかったら誰かに聞いてね!これで恩も売れたしまた暫く花子ちゃんを心置きなく苛められる…いや、かまってあげられるなあ。」

嬉しそうに毒をはくタカ丸さんに、私が吐くべき言葉たちは、きっと、もう決まっている。そうでなければならないのだ。

「なんかいいもの過ぎるぶんめっちゃ怖いんですけど…大丈夫ですかね私、今後の未来が不安でたまらないんですが。」
「楽しみにしててね!」

私の顔はいつも通り歪んで、タカ丸さんは、卑しく笑う。そのいつも通り。
ふと頭をよぎったことは、きっと見て見ぬふりをしなければいけないことに違いない。私は、少しだけタカ丸さんの中身を見てしまった気がした。




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