小説 | ナノ

今日の夕御飯のカレーに添えられたごはんがおかゆなのは、いつものように乱太郎の不運が発動した結果だと思えば珍しくもなんともない。が、残念ながら今日炊飯器のセットをしたのはわたしである。

「ごめんなさい。ごはん炊くの失敗したから今日はおかゆカレーです。」
「僕の不運に比べたらそんなのかわいいものだよ。それにしても花子が間違えるなんてめずらしいね。」

にこにこわらって、あつあつのおかゆカレーをのぞきこむ乱太郎のメガネがうっすらくもりだす。

「乱太郎の不運がうつったかも。」
「…ごめんね。」
「なーんてね、うそだよ本気にしないで。いただきます。」

スプーンですくいあげた物体は、どろどろしてて見た目はだいぶよろしくないけど、匂いはいつものカレーとおなじだから問題ないはずだ。
ほのかな湯気にのせられたなじみのありすぎる匂いは、どこかだらけたような品のない匂いだと思う。だけど体は敏感に匂いに反応して、それを欲するのだ。こういうときわたしはひどく自分が動物的だと思う。

「あ おいひい。」
「ほんと?よかったあ、僕なにか間違えて入れたんじゃないかってひやひやしてたんだ。いただきます。」
「おいひ、へど、あっつい!」
「わ、ほんほだっ…ごほっ」
「…ぁーした、やけどした。」
「さすがおかゆカレーだね…」

困ったように眉を下げて乱太郎がわらった。

足も速いし絵もうまい乱太郎だけど、この笑いこそが彼の真の特技だとわたしは信じて疑わない。乱太郎にそう言えば「ひどいよ特技だなんて!」って眉を下げてやっぱり笑うんだけど。
だってわたしは乱太郎のこの顔に凄く弱いのだ。この表情をされてしまうとわたし、何しでかすかわからない。そんな潜在力がこの笑顔には秘められているんだから、まったくすごい特技じゃないか。ぐつぐつと胸をゆらしながら、わたしはおかゆカレーを必死にかきこんでさらに舌を火傷した。あつい。でもほしい。
部屋に充満しているはずのカレーの匂いは、もうまひしてしまってわからないというのに。


「ごちそーさま。」
「おいしかったね。じゃあ浸けとくからお皿かして、」
「片付け、後にする。」
「僕が洗おうか?」
「だめ、行っちゃいーやーだ。」
「…はいはい。」


あ、だから、その顔だめだって!

衝動的に両手を乱太郎の首に回したら、乱太郎が驚いてたじろいだ。ううん。もうだめだから。顔を近づけると乱太郎が恥ずかしそうにそっぽを向いた。

「だ、だめだよ、カレー臭がっ、」
「加齢臭なんて、まだ若いから心配要らないよ。」
「そんな冗談はいいから!」

いいの、そのままでいいの。キスしたいの。

いますぐ目の前の乱太郎の口にかぶりついて、あのだらけた匂いをかぎとれたらいいのに。そうしてそのままざらついただらしない時間を過ごして、片づけもなにもせずに眠ってしまいたいよ。

だらしないな

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