「のっせ!」
「あー来たか。」
能勢がわたしをちらりと見て、それから開いていた本を閉じた。そのまま立ち上がった能勢の顔がわたしの目線とちょうど同じ高さになった。
そのままどちらが言うでもなく歩きだして、図書室を出る。廊下を歩く。角を曲がる。いつもの学園内を、能勢とあるく。
「あれ、どうしたんだその傷。」
「気がつかないうちに血出てたの。」
「あのなあ。」
「すみませーん。」
「自分の体をまず大事にしろっていつも言ってるだろ。そうじゃなきゃいくら成績よくたってなんにもならないって。」
「うん、心配ありがと。」
「いやそういうことじゃなくて…。まあ、間違っても、ないけど。」
呆れたように諦めたように、でもやさしく、能勢はやわやわとわたしの髪の毛を撫でる。のせ、のせのせ、のせ。あのね。わたしいまとっても幸せだ。
学園内から外へ出る。草を踏みしめる。落とし穴の目印を避ける。そしてふと隣の能勢を見てみる、と、目が合って。ふたりで照れ笑いする。
「なんだよ。」
「能勢こそ。」
「べつに。」
「わたしもべつに。」
別になんにも。胸の内にたくさんたくさん届けたい想いはあるけれど、いますぐ口に出して言いたいことはないよ。ねえのせ、のせ。のせ。のせ、好きだよ。
くだらないことを喋って、たまに目があって、笑って、言葉のいらない時間をすごして、学園の外を一周し終わって、そうしてわたしたちの時間が終わる。
「のせ、またあしたね。」
「おう、またあしたな。」
今日もわたしたちはあいの言葉を囁きあって、明日の時間の約束を交わす。
能勢の後姿がきらきらひかって消えていく。そうしてこれでまた、ゆるぎない未来が近づいた。ずっと続かないからこそ輝く時間だけれど、できることならもうすこし、続いてほしい。世界でいちばんわがままな、わたしのお願い。
12/08/11~12/10/26(能勢)
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