小説 | ナノ


不破くんがすきです。二度目の告白を聞いて不破くんはとうとう顔を歪めた。

二度と入ることはないと思っていた放課後の図書室、わたしの大好きな空間。二度と口は利けないかもしれないと思っていた大好きな不破くん。わたしはその「二度とできない」ものたちに踏み込むことを選んだ。

「どうしたら、付き合ってくれますか。不破くんがわたしを好きじゃなくても、いいの。好きになってもらえたら、それで。」
「……ごめん、花岡さん。」

それも予想通りの答えだった。わたしは唇をきゅっとしめ、唾を飲み込んで、次の言葉をきりだす。

「なんでか、教えてもらっても、いい?」

不破くんは困ったような悲しげな顔でわたしを見た。困らせてるのはわかってる。けれどこうでもしてわたしを納得させてあげないと、わたしはいつまでたっても暗闇のどん底から這い上がれない。

「恋人がいる、とか。」
「ううん、いないよ。」
「じゃあ好きな人がいる、とか。」
「特には、いない。」
「…じゃあ、わたしが、気に入らない…とか?」
「そんなこと…!」


否定だけして、そこで不破くんは黙った。ここでの沈黙はなかなか堪える。

優良物件の見かけなんて、不破くんにとってはなんの意味もないものなのかもしれない。不破くんは、その優しげな瞳の奥で内面を見透かしていそうだから。不破くんが好きだと思う女の子はきっと外見はフツーでも中身はとってもとってもかわいくて、みんなに心から愛される女の子なんだ。不破くんはその子のすべてを好きになるんだろう。わたしがみんなに言われるかわいいとか、会って間もないひとに言われる好きみたいな優良物件のうわべだけで判断されてできたにすぎない感情とはまるで違うんだ。いかにも軽い好意に気がつかないふりをして、うわべのかわいいに思い上がって、わたしは鼻を高くして毎日を過ごしていたんだからつまらない女だな、と思う。もしもわたしの顔が醜かったら、かわいいの言葉で自分の全てに自信を持てたのだろうか。不破くんに中身を見てもらえたのだろうか。


「わたしは、不破くんにとっての、かわいい女の子になれないのかな。」
「違うよ、…そういうことじゃないんだ。」
「そういうこと、なんだよね。」
「花岡さんは、かわいい!」

この期に及んで不破くんはまだそんなことを言う。わたしは堪えていた涙を惨めにこぼした。

「花岡さんは本当にかわいい。…本当なんだ、信じて。なんで僕を選んでくれたのか、わからない。花岡さんは、僕なんかじゃなくても。」
「わたしはっ、不破くんが、好きなの。ねえ、かわいいなら一緒にいてよ。お願い。」
「僕は、花岡さんが大切なんだ。だから、」
「じゃあ、不破くんが守って。わたし、他のひとのところで幸せになんてなれないの。ふわくんじゃないと、」

無様に駄々をこねまわすわたしに不破くんが泣きそうな顔を向ける。不破くんはつらそうだ。でも、でも大切なら、受け入れてほしい。わたしをかわいいと思うのなら、幸せにしてほしい。そう願うのは、いけないだろうか。
隙をついて、わたしは打算的な女らしく、不破くんの胸に体を預けてみた。不破くんは一瞬びくりと固まって、でもわたしを拒絶しようとはしなかった。ほっとする。

「どうして、きみは、そんなに、かわいいの、」

不破くんの細い声が降って暖かな腕がわたしの体を撫でて、ぎゅう、と締め付けてきた。その力の意外な力強さに、不破くんの必死な声に。わたしは陶酔する。
不破くんが、好きだ。好きだ。好きだ。不破くんの前でぜんぶさらけ出して惨めになるわたしを不破くんがかわいいと言うなら、優良物件に包まれた「わたし」も好きになってもらえるはずだ。妙な自信がひとつの希望になって、わたしの中に生まれた。



ぬるいせかい、その先



*




「失礼しまーす、あれ、伊作先輩。」
「ああ、鉢屋。」
「新野先生は…出張中ですか。」
「うん。僕じゃ事足りないかい?」
「いえ。ちょっとバンソーコーが欲しいだけなんで。」
「消毒してあげるよ。そこに座って。」


言われるがままにイスに腰掛ける。伊作先輩か。まったく構わないんだけど、不運に巻き込まれるのはごめんなんだよな。でも先輩のせっかくの好意だし、消毒くらいはしてもらおう。

ちょっと待ってて。そう言って先輩が奥に消える。俺は何気なく机の上に置かれたカードに目を落とした。

「あれ、」
「お待たせ、さ傷見せて。」
「先輩、この子、今日来たんですか。」
「ああ花岡さんね。お昼前くらいに来て、気分がよくないって言うからしばらく休んでもらったんだ。」
「昼前…ですか。」
「うん。お昼までぐっすり寝てたみたいだね。」

伊作先輩は何も知らず笑う。俺は雷蔵が、昼前の授業に遅刻していたのを思い出した。まじめな雷蔵が遅れるなんて珍しいから茶化してやったんだけど。
なんだよ、言ってることとやってること、全然違うじゃねーか。

「…すいません、やっぱいいっす。俺行かないと。」
「だめだよ。その前に消毒しないとね。」
「俺、すぐ雷蔵に言うことがあるんで。そうしないと俺の気が済まな…痛っ!」
「もういいんだよ、それは。」

伊作先輩は俺の腕をぐいっと引いて乱暴に消毒しはじめた。この先輩、怪我や病気に関してはホンット妥協しないっていうか強引っていか。

「もう花岡さんの病気は治るから。」
「…はあ、」
「よかったよ。」

伊作先輩は全部わかってるような笑みで、意味を噛み砕ききれてない俺の腕に丁寧にバンソーコーを貼った。



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