小説 | ナノ


「お前はばかだな。」

三郎が僕を罵ってきた。僕が伝えた必死の想いと決意をその一言で一蹴されて正直むっとした。

「三郎にわかってもらわなくたっていい。」

苛立ちの隠せない声になってしまったのはそのせいだ。

「花岡と言えば、八左ヱ門も狙ってた可愛い子だろ、もったいねえ。」
「僕は…僕は、彼女の気持ちに応えられない。」
「気持ちに応えるとか、そんな重く考えなくたっていいんだよ。向こうだってそんなこと望んじゃいないんだから。」
「だめなんだよそれじゃ。」

だって、彼女は、真摯だった。


今日不破くんに伝えたいことがあるの、花岡さんはいつものように図書室に現れてまず僕にそう言った。声は少しだけ震えて、顔はほんのり上気していた。
場所変えよう、彼女への提案はいつもの不破雷蔵であるように心がけたが、内心ひどく陰鬱な気分になっていた。その彼女のことばが、今日で僕らの関係が変わることを意味していたからだ。

「不破くん、」
「なに。」

屋上に続く薄暗い階段の踊り場で、花岡さんは意を決したように切り出した。何、なんてだいたいわかっているくせになんと底意地が悪いことか。それでも花岡さんは僕の言葉に怯んだ様子もみせず、ただ僕を見つめていた。せかいが、揺れ動く。

「好きです、わたしと、付き合ってくれませんか。」

まっすぐな告白だった。顔を赤く染め目をいくらか潤ませて僕から視線はそらさずに、彼女ははっきりと僕に言い切った。
一方の僕は言葉につまっていた。その、けなげさに。僕を見つめる可愛さに、戸惑った。
どうしてきみは、僕なんかにその言葉を吐くんだろう。

「ごめん。」

僕の発した言葉はたったそれだけで、しかもそれは彼女の健気さとは程遠い、ごまかしで包んで濁したような曖昧な返事だった。このどうしようもない憂鬱と辛さとやるせなさを表す言葉は全く見つからなかった。
僕は目の前の彼女の表情を見るのがただ怖くて、彼女の足が動くまでずっと俯いていた。でもあの遠くなっていった小さな後ろ姿が、今なお僕を縛り付けている。



「最初から、期待なんてもたせなければ良かったんだ。」

三郎はさっきよりも怒りが滲んだ声を吐いた。辛辣で、でもそれでいて正論だ。きまって図書室に現れ、僕を見かけるとこぼれるように笑う、彼女の好意は透けて見えた。きっと隠してもいなかったに違いない。拒絶しようと思えばいくらでもできたんだ。

「雷蔵はどうしたいのか、俺にはさっぱりわからない。何を悩んでいるんだ。偽善の罪悪感にでもさいなまれてんのか?」
「花岡さんが、」

もっと軽々しく僕に接してくれたのなら。余裕のある好意を見せてくれたのなら。
僕も軽い気持ちで、きみを受け入れたのにな。

三郎の容赦ない言葉がじくじくと僕に突き刺さる。けれどそんなのきみの僕に対するまっすぐな想いにくらべたら、ぜんぜん痛くない。
きみはかわいい。とっても、かわいい。それは確かだ。僕だけを追いかけるきみはあまりにも素直で、明るくて優しくて、美人で頭の回転も早くて、悲しいくらいかわいいんだ。僕はきみが大切だし、きみのそばで、きみの幸せを見守りたい。守ってあげたいと思う。

「大切なんだよ、三郎。」

でもきっと僕じゃ守れない。僕は、彼女ほどに、彼女を愛する自信がない。
そして、拒絶もしてやれない。突き放せず、受け入れず、ただ自分に都合よくきみを傍に置いた僕はひどく醜い。

きみはかわいい。伝わらなくても言う。かわいいんだ。だから安心して。はやく飛び立って醜い僕なんて忘れて、幸せになるといい。




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