小説 | ナノ

「どうかした?」

ここちよい圧迫感に浸りながら顔の見えない三郎次に優しく問いかけてみる。返事はなかったけど、圧迫感が強まったから聞こえてはいるみたいだ。

「…ね、」
「なんかなかったら来ちゃ悪いか、」
「そんなことない。うれしいよ。」

三郎次の髪の毛がわたしの首元をくすぐる。髪の毛、のびてきたね。わたしのひとりごとが三郎次の背中に落ちる。
今日わたしが部屋にひとりきりなのだと、どこから聞きつけたのかは知らないが。ついさっき、三郎次は突然わたしの部屋にやってきてわたしを抱きすくめてきたのだ。

「でも夜来るって言っておいてくれれば、わたしも驚かなかったし。突然背後から抱え込むなんて怖いからもうやめてね。」
「反応、鈍かったぞ。本当に曲者だったらどうすんだよ。」
「驚く。」
「驚いてる間にぐさり、だな。」
「ありゃりゃ、」

鼻で笑って、やっとわたしを解放した三郎次の顔が、うすぼやけてわたしの前に現れた。ちょっと顔を突き出せば鼻を舐めれちゃいそうなほど近い、きれいな顔。底意地悪そうな笑顔だけどよく見れば優しげな目元。この表情がいちばん、すき。

「黙って笑っていれば、」
「は?」
「モテそうだね。」
「それ褒めてんの?貶してんの?」
「りょーほうかな。」
「そんな必要ないから愛想笑いなんて振り撒かねえけど。」

反応するまえに唇がふれた。舐められた、噛まれた、そのたびわたしの思考はどこかに飛んで迷子になる。
ねえ、今のことば、都合よく受け取っていいんでしょう?

「ぶろ、じ、あいた、かった、」

わたしの口が合間をぬって吐き出す想いは、三郎次が喋る隙を与えてくれない上に息が苦しいからいつもうまく言葉にならない。その方が照れ屋のわたしには丁度いいんだけれど。

「…ん、」
「なにそれ。」
「俺もってこと。」

低い声が、耳から体にゆっくり落ちていく。
うん。知ってる。

ねえいつもいつも昼間はそっけなくて、わたしと会っても知らん振りだから。「あんなに冷たくされて、よく付き合ってると思う。」「もっと花子に優しくしてくれる男にしたら?」「無理して学園の男と居ることもないわよ。」なんていわれてるって、知ってる?
でもいくら三郎次が悪者にされてもわたし、言い訳しないことにしてるの。夜になったら昼間のぶんを取り戻すみたいにあふれるほどわたしを愛してくれる三郎次を、独り占めしたいの。わたし、貪欲なの。

幸福の波にのまれながら今だけは夜と一緒に沈みたい。また陽が昇って明日がきても、そこにいつものあなたがいればそれでいいから。

とぷん

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