小説 | ナノ


二年い組に向かう途中、乱太郎と出くわした。

「乱太郎!やっほぉ。」
「花子ちゃん。なんでここに…ってまた三郎次先輩?」

大きく頷くと、乱太郎は諦めたように頑張るねぇ、と笑った。私はそんな乱太郎に向かって二本の指を立てた右手を突き出した。

「聞いて驚かないでよ!ちゃんと、三郎次先輩公認のファン一号になったんだから!」
「一号って、花子ちゃんだけでしょ。」
「そう思うでしょう?それがもう一人いるのです。二年生の時友先輩!」
「へ?うそ。」
「本当。」
「時友先輩の優しさにつけこんでない?」
「つけこんでなんか…!ない、ハズ。」
「怪しいもんだね。」
「…ふんだ。じゃあね。」

大げさに口を尖らせて見せて、私はその場から歩き出す。
優しさにつけこんでなんて、ない。余計なお世話だよ!話を最初に持ちだしたのは私だけど、時友先輩は、自分で三郎次先輩が好きって私に教えてくれたんだもの。
まるで自分に言い聞かせるように、そう結論づけた。

時友先輩の優しさを見つめることが、怖かったのだ。




いつもの時間に少し空いた扉から二年い組の教室を覗くと、中にいた誰かと目があった。
三郎次先輩でもないし、時友先輩でもない。私は慌てて顔を引っ込ませ、意味も無く深呼吸をしてしまった。
そうだ、ここ教室だもの。他の人がいて当たり前だ。
さて、どうしよう。ここで入っていったらまた三郎次先輩に迷惑がかかるかもしれない。時友先輩、気がついてくれないかなあ。

「きみ、花岡さん?」
「っへ、」

呼ばれた自分の名字に驚いて反応する。
先程覗いていた二年い組の教室から誰かがこちらを見ていた。

知らない、ひとだ。

「は、はい。」
「中に入りなよ。三郎次に会いにきたんだろ?」

思わずびっくりして二三度瞬きをしてしまった。この人、私のこと知ってる。おそらく時友先輩か三郎次先輩が伝えたのだろう。もし三郎次先輩だとしたら、私をどんな存在として伝えたのか気になるところだ。
そんなことを考えながら、かしこまって教室に足を踏み入れた。ぐるり見渡すと、教室にいるのは三郎次先輩と三郎次先輩の友達らしき人。だけ。

「あれ、時友先輩はいないんですか。」

いつも居た時友先輩の姿が見えない。きょろきょろしている私に三郎次先輩はいつもみたいにつまらなそうに口を開いた。

「四郎兵衛は委員会だ。あいつ体育委員なんだよ。」
「ええっ!?体育委員?」

体育委員と言えば、あの…七松先輩のいる恐怖の委員会ではないですか。
あんな強引なひとの委員会に、あんなにホワホワ優しい時友先輩が入っている、なんて。

「す、すぐに体育委員なんて辞めてもらってください!」
「はあ?」
「だって、時友先輩は優しいんです!すごく優しくてきっと無理するんです!無理して、無理したら、きっと、」
「どうしたんだ、そんなにまくし立てて。」

三郎次先輩に怪訝な顔をされる。でも、でも、これだけは、

「大丈夫だよ。あいつは、意外とああ見えてタフなとこあるし。」
「っでも、きっと、時友先輩は、苦しくても人に見せないんです!私、わかるんです。」

そう言うと、三郎次先輩は笑っていた口元を閉ざし、こちらを見据えてきた。それは、まるで睨むように。私はそこで初めて、自分が喋りすぎたことに気がついた。

「…お前に四郎兵衛の何がわかんだよ。」

三郎次先輩はどうやら怒っているようだった。重苦しい沈黙がその場を支配する。
そんなこちらとは対照的に、窓からは外の明るい声が入ってくる。
私はというとただぼんやりしていた。頭の中でまた三郎次先輩を怒らせてしまったことを反省しながら、何故か時友先輩の笑顔を思い浮かべていた。






沈黙を破ったのは、私を教室に入れてくれた三郎次先輩の友達だ。

「三郎次、お前何怒ってんの?カルシウムたんねーんじゃね?」
「…るせ、久作。」
「花岡さん、ごめんな。こいつカッとなりやすいんだよ。」

凛々しい表情の「きゅうさく」さんは私に笑いながらそう言った。
私と三郎次先輩に気を使ってくれていることに悪いと思いながら、私はふるふると首をふった。

「大丈夫です。三郎次先輩、ごめんなさい。全部わかっているみたいな言い方して、ごめんなさい。」
「…」
「私、すこし時友先輩と似ている気がするんです。いや、三郎次先輩はそうは思わないかもしれないですけど。だから、ついあんなこと言っちゃいました。怒るのも、最もだとおもいます。三郎次先輩の方が、時友先輩をずっと知っているわけですから。」

三郎次先輩は下をむいて、髪の毛を手でぐしゃりとつぶしだした。
三郎次先輩はきっと今、本気で私の言葉を聞いて、理解しようとしている。私に苛々しながら、必死になって考えている。
そう、そのまっすぐ私にぶつかってくれる、厳しくて眩しいやさしさがきっと私の追いかけるものなのだ。そのはずなんだ。


「俺らだって完璧にあいつの考えていることがわかるわけじゃないさ。」
「…はい。」
「花岡さん、でも俺らもわかることはある。四郎兵衛は、優しいけど委員会でへこたれる奴じゃない。これには、自信がある。」


私は、
やっぱりおこがましかった。時友先輩と私が似ているだなんて。たった三日話しただけでそんなこと決めて。
時友先輩は私とは、ちがう。


「わかりました。それを聞いて、ほっとしました。」
「お前、俺のファンなんじゃなかったのか。」
「もちろん、ファンですよ。」
「四郎兵衛の話ばっかりじゃねーかよ。」
「だって…」
「だいたい、なんなんだよファンって…」
「あこがれ、ですかね。」

傾いた日が眩しくて、私は目を細める。
窓から聞こえていた笑い声は、気が付けば聞こえなくなっていた。

(わたしの、がんぼうか。)





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