小説 | ナノ


私がい組の教室を開けると、笑顔の時友先輩と、口を尖らせた三郎次先輩と目があった。

「三郎次先輩!花岡です!」
「知ってるっていったろ。」
「ありがとうございます!あの、昨日は突然ファンだとか、失礼なこと言ってすみませんでした。もう言いません。」
「あー、いや、」
「花岡ちゃん、三郎次がね、謝りたいって。」
「っおい、四郎兵衛!」
「えっ、い、いや私が失礼だったので!謝るもなにも!」
「あー。いや、俺も悪かった。昨日のことは気にしないでくれ。」
「え、あ、じゃあファンでいても、大丈夫でしょうか。」
「…ああ。」
「ありがとうございます!迷惑はかけないので!」

嬉しい。ほらね、乱太郎。やっぱり三郎次先輩は良い人だよ。意地悪なんかじゃないよ。根っこはやさしいひとなんだ。

「良かったね、花岡ちゃん。」
「時友先輩…!ありがとうございます!」

自分のことのように嬉しそうな時友先輩を見て、思わず両手をつかんだ。そのままぶんぶん嬉しくて振り回す。

「せんぱいのおかげです!」
「…ううん。花岡ちゃんが頑張ったんだよ。」

時友先輩はあくまでも私にやさしく笑う。

一瞬、その姿が記憶と重なった。
ざわざわと胸が騒ぐ。


―どうしてだろうか。

この人はやさしすぎる。もっと怒ったりわがままになっても、いいと思うんだけどな。だって、疲れちゃうから。


「…じゃ、俺行くから。」
「え?三郎次ちょっと。」
「三郎次先輩!また明日!」
「えっ?花岡ちゃんも、いいの?」
「はい!今日は三郎次先輩に許してもらえたので満足です!時友先輩。これから三郎次先輩ファンクラブの会合を開きましょう!」
「ええ??」

先輩の腕をとって私は返事も聞かずに勝手に歩き出す。
これで、少しは時友先輩も怒るかな。

しかしすぐに先輩の手を掴んでいた私の手はゆっくりと温かい手にほどかされ、離された。そのことに驚き振り返る前に今度は自分の腕がやさしく掴まれる。

「女の子に腕を引かれるのは、ちょっとかっこ悪いからね。」

そう言って、いつのまにか時友先輩は私の手を取って歩きだしていた。突然のことで私は返す言葉もみつけられないまま、ただただ後をついていった。繋がった指に熱がにじんでいく。





結局会合なんて言っても何も考えていなかった私は、外で時友先輩とお喋りすることにした。

「何も考えてなかったのかあ。僕はてっきり今後の活動内容とか細かく決めるのかと思ったよ。」
「活動は、三郎次先輩の良さを普及することで、それ以外は自由です!」
「花岡ちゃんって、結構ざっくりなんだね。じゃああんなに勢いづいて僕を引っ張ってくることもなかったじゃない。」
「あれは、…ちょっと。」
「ちょっと?」
「…怒りませんか?」
「怒らないよ。なに?」

確かに、時友先輩は怒らないだろうな。聞くまでもないことだった。

「時友先輩は、やさしすぎると思って。」
「僕が?」
「はい。余りにも先輩がやさしいので、ちょっと意地悪したくなったんです。怒るかなって思って。試すようなことしてごめんなさい。」

時友先輩はきょとんとして、また笑った。(ああ、また)

「面白いことするなあ花岡ちゃん。」
「だって、優しすぎるのは、疲れませんか。」

思わずぽろりと出た本音。それに対して時友先輩は真顔でこちらを向いた。

「疲れないよ。」
「…」
「疲れない。僕は、花岡ちゃんに優しくしたくって優しくするんだよ。疲れるわけないじゃない。」
「うそです、」
「本当。そりゃ僕だって仙人じゃないから、いつだって優しすぎるわけじゃないよ。花岡ちゃんが知らないだけでさ。」

そんなことをほわり、ほわりと口にする時友先輩は、どうしたって優しすぎる。どうして、ですか。
やっと私は、答えを見つけたと思ったのに。

わからないけど、とにかく時友先輩の隣はひどく居心地がよかった。

(せいかいは、もうちゃんと見つけたはず)





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