小説 | ナノ


今日こそは、三郎次先輩とお話する!

私は今日も薄暗い空間にいた。
二回目の天井裏訪問なのに…今日は緊張する。昨日は勢いだけで行けたのにおかしいな。
でも今日こそ三郎次先輩に名前を覚えてもらわなきゃ!時友先輩にも協力してもらっていることだし!!…でも、私昨日名乗りもせずにファンとか言っちゃったから、三郎次先輩に名前も伝わってないんだった。
…ああバカ!わたしのバカ!名前も伝えておかなきゃダメじゃないの!…あれ、でもそういえば時友先輩は私の苗字呼んでなかったっけ?

「四郎兵衛、本当に来るのか。」

その疑問はかすかに下から聞こえた声で吹っ飛んだ。
(三郎次先輩だ!!)

ゆっくりゆっくり声の方に近づいて行くと、今度は「花岡さん?」と呼ぶ優しい声が聞こえた。時友先輩だ。

「はい、花岡です!」

ひょこりと顔を出して見渡すと、手を上げて笑う時友先輩の横に、眉を少しひそめた三郎次先輩が居た。慌てて下に飛び降りる。

「は、はじめまして、三郎次先輩、花岡花子といいます!」
「ああ。知ってる。」
「え、し知ってましたか?ありがとうございます!」

名前知られている!なんで、だろう。
でもとにかく嬉しくて、知らずのうちに早口になる。

「あの、ずっと三郎次先輩とお話したくて。」
「花岡さん、俺のファンなの?」
「は、い。」

三郎次先輩の黒目が、私をとらえた。こんなに近くで先輩を見たのは初めてだ。感動に浸っていると、三郎次先輩はふいっと視線を下げた。

「悪いけど俺、そういうの無理だから。」
「え?」
「さ、三郎次!?」

そう言い残して三郎次先輩はさっさと私に背を向け、それまで傍で和かな笑みを湛えていた時友先輩は突然狼狽え出した。

あれ。

ファン一号花岡花子、バッサリ切られました。ファンを名乗るのは今後むつかしい模様です。
これが噂の、三郎次先輩のツンだろうか。はたまた意地悪だろうか。ああ、でもどうやら私の戦略ミスであることは間違いないみたいだ。こんなことなら乱太郎やくのたまの先輩の言うことにもう少し耳を傾けておくんだった。そうすれば、色々と嫌われる前に対策も立てられてのに。もうぜんぶ後の祭りだ。

気づけば三郎次先輩の姿は消えていて、時友先輩だけがそこにいた。時友先輩は悲しそうな目でこちらを見ている。先輩、そんな潤んだ目でこっち見ないでくださいよ。私が凄く惨めみたいじゃないですか。

「ごめんね。」
「先輩があやまることないですよ。」
「いや、僕のせいだ。」
「三郎次先輩の態度も最もだとも思うんですよね。ファンだって言うならそれなりの態度をとるべきだったかなって。」

私ったら、三郎次先輩を不快にさせるなんてファン失格。出直さなきゃ。嘆いてもボヤいても仕方ないし、切り替え、切り替え。
時友先輩は私の言葉が意外だったのか、丸い目をさらに丸くしてこちらを見た。

「…花岡さん、三郎次にがっかりしないんだね。」
「うーん。確かに、してないですね。三郎次先輩には非常に申し訳ないんですけど、私まだファンをやめる気はないみたいです。三郎次先輩はちゃんと今、正直に私に全部言ってくれました。それって凄く素敵なことだなって。」

気持ちいいほど楽観的なところがある、と友人には言われる。それをみんながどういう意味で言っているのかは知らないけど、私は勝手に長所だと解釈している。悪いですかふん。
とにかく三郎次先輩は素敵ったら素敵なのだ。

「ありがとう。」
「え?」
「なんだか、僕が救われた。」

…どういうことだろう。
突然の感謝の言葉が理解できず私は首をかしげる。時友先輩はそのまま穏やかな顔で話を続けた。

「僕はね、いつも思ってるんだ。三郎次は、僕にないものをたくさん持っているって。」
「ああ、それ凄く、わかります。多分私もそう思ってるんです。」

噂でよく三郎次先輩のことは聞く。意地悪でイタズラ好き。
だけど真面目で自分に自信を持っているところは素敵だし、行動にも優しさが溢れていると私は思う。きっとそういった三郎次先輩の魅力の塊を私は追いかけているのだ。

「僕も、三郎次が好きなんだよ。」
「じゃあ先輩はファンクラブのふたりめ、ですね。」
「ふふ、そうだね。それから花岡さんも素敵だと思うんだ。」
「へ?」
「花岡さんも、僕にないものをたくさん持っているよ。」

それを言うなら、時友先輩の方がずっと持っている気がした。
心にすんなり入ってくる時友先輩の柔らかさ。それは到底私には持ち得ないものだ。
それに比べて私は何も持っていないし、特に時友先輩に何かした覚えもないし、かかわりあいはほとんどないのに。なんで、という顔をしたら、時友先輩は私の頭に手を優しく乗せた。

「三郎次は、あんなやつだけど、花岡さんの知ってるとおり良い人なんだ。良かったらまた明日も同じ時間においで。」
「っはい。」
「今度は普通にこっそり入ってきなよ。天井裏なんか暗いし埃っぽいだろうから。」
「はい!」

またここに来てもいい。そう言われたことが純粋にうれしい。
浮き立つ心を沈められず、私は満面の笑みで先輩を見あげた。

「時友先輩!」
「なに?」
「私、先輩もとっても素敵な人だってわかります。」
「…ありがとう。」

にっこり時友先輩に笑いかけて、私は軽い足取りで二年い組の教室を出た。明日は、三郎次先輩に許してもらおう。そしてもっと三郎次先輩を知るんだ。やっと見つけたんだもの。私は、私の理想を追いかけるんだから。

ああなんだかとっても、とっても幸せな気分!

(つまり、やさしさ)





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