小説 | ナノ

「寝ないのか。」

こちらに背を向けて縁側に座る三郎次に声をかけてみた。思う存分感傷に浸らせてこちらに戻ってくるまで待つつもりだったが、先にしびれを切らしてしまった。
返事はなかった。微動だにせず、夜空を見上げているようだ。

「三郎次。」

もう一度声をかけた。今度は、低い小さな声で「ああ。」と返事があった。しかし体は相変わらず動かない。

「もう寝よう。」
「先に、寝てくれ。」
「お前の物音で起こされちゃかなわない。」
「…」
「起きてても、変わらないんだ。明日に備えて寝た方がいい。」


沈黙が訪れた。
静かに三郎次に近づいて隣へと腰を下ろすと三郎次がちらりとこちらを見た。


「明日、花子がいなくなるのか。信じらんないな。」


そう言ってふっと、寂しそうに三郎次が笑う。三郎次には似合わない、自嘲的な笑みだった。僕は無関心を装うように、視線を外した。
三郎次が花子を好いているのは明らかだった。捻くれた言葉に乗っかった想いはわかりやすい程だったからだ。花子が好きだろ、と尋ねた三郎次の反応といったら。必死に赤い顔で否定する姿はかわいらしいものだった。
その花子が先日、忍術学園をやめるのだと伝えに来た。放心する僕らに茶化しながら「立派な家に嫁ぐの。」と笑って。気丈なその姿を見て、強い女だと感心した。

ついに明日、花子は学園を去る。


「左近、俺は立派な忍者になるよ。」
「ああ、なれるさ。お前なら。」
「俺は俺の決断に後悔なんてしない。絶対に、しない。」


闇の空に三郎次の決意は吸い込まれる。でも僕の記憶にはしっかりと残された。

「花子もきっと、ここを離れて、幸せになる。あいつは要領悪いしがさつだし、その方が向いてるな。」


今日は星が見えない。隠れた無数の光が息を殺して、僕らを静かに見守っているようだった。そうだったら、いいと思った。


「あとは、早く俺のきたない欲望なんかがぜんぶ綺麗になくなってくれれば万事いいのに。」


その悲痛な願いも夜空に消えていく。僕は闇の中の光を見つめ続けた。今隣で三郎次が泣いているような気がした。夜が開ける前に三郎次の苦しみがすこしでも、この夜空に吸い込まれますように。

星は見えない

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