小説 | ナノ

「今日から火薬委員会所属になる花岡花子さん。最初はわからないことだらけだと思うから、みんなで助けてあげてくれ。」
「よろしくお願いします。」

端っこに確認できる目立つ髪の奴には極力目を合わせないようにしながら、わたしは目の前の下級生の忍たまに笑顔を作った。嬉しそうな一年生と、恥ずかしそうな二年生。そしてその右の、密かにくのたまのファンも多い土井先生。

「僕、二郭伊助です!花子さん、よろしくおねがいします!」
「うん、よろしくね伊助くん!ええと、きみは?」
「…池田、三郎次です。」
「そっか、三郎次くん、よろしく!」

ふたりともタイプは違うけど、良い子そう。だって久々知先輩も言っていたもの。火薬委員は全員良い奴だって…あれ、違うな。それはちょっと語弊があるんじゃないかな。きっとそれは、タカ丸さん以外っていう限定的な話だ。

「僕は斉藤タカ丸〜あらためてよろしくね、花子ちゃん。」
「あんまりよろしくしたくないんですけど…」
「花子さんはタカ丸さんと知り合いなんですか?」
「ふふふ伊助くん、僕らはヒミツの関係なんだよ〜」
「タカ丸さん、下級生の前でそういう話は駄目ですからね。」
「兵助くんったらお堅いなあ。」
「あの、頭痛いです…」

そして伊助くんのキラキラした目も、三郎次くんの冷ややかな目も痛いです。
そうかみんなタカ丸さんの本性を知らないんだもんね、はは、なんで私知ってるんだろホント。

「じゃあ今度の予算会議に向けて、作戦を練ろう。」
「ねえねえ兵助くん、僕花子ちゃんに焔硝蔵の説明をしてきてもいいかな。きっといきなり会議なんて言ってもわからないと思うし。」
「ああ、…そうですね、まず色々と教えた方が花岡さんもわかりやすいかもしれませんね。」

衝撃の発言が耳に入ったような気がした。でも私は何も聞こえていない。絶対聞こえていない。聞かなかった。

「ね、花子ちゃん?」

だめ、振り向いたら、負け。そう、私には何も聞こえていない。今は大勢の前だからと高をくくり、完全にタカ丸さんを無視した。ら、がしりとわたしの頭はつかまれた。

「花子ちゃん?聞いてる?」
「いっ…」
「そんなことして、いいの?」

ぼそり、落とされた低めの声に私は固まる。
タカ丸さん、花岡さん。じゃれていないでほら、
久々知先輩の言葉はわたしの耳を通り抜けていく。どこが、どこがじゃれているように見えるんですか。タカ丸さんの、この不敵な笑みを見ても、そう言えますか先輩、

「…ね?花子ちゃん?」
「いき、ますか、お願いします、タカ丸さん、」

切れ切れの私の言葉に満足したように頷いて、何故かタカ丸さんは私の手を握ってきた。でも私はもう抵抗する気もおこらず、死んだ魚のようになった手を預けた。タカ丸さんの手はひんやりと冷たくて、まるで彼の心みたいだな、と内心で毒づいた。




*




「作業はそう難しくもないね、ただ火と水には気をつけて。特に火。わかってるとは思うけど、大爆発起こしたらシャレにならないから。」
「…はい。」
「何か質問は?」

タカ丸さんは火薬委員の皆と離れたことで先ほどよりも気が緩んだように見える。いくらかぶっきらぼうに私にそう問いかけ、だるそうに髪の毛をいじるタカ丸さん。
しかし、意外だ。

「あの、」
「なに。」
「いや、たいしたことじゃないんですけど。タカ丸さんからえらく真面目に蔵の説明をされたので凄く驚きました。」
「なに、悪い?」
「いいえとんでもない。どんな仕打ちをうけるのかと身構えていたのでむしろ嬉しいです。」
「花子ちゃんってさあ、イライラするって言われない?」

うげえ、余計なこと言うんじゃなかった。黒いオーラをほとばしらせたタカ丸さんが、汚いものを見る目つきで私を見据えてくる。肩をすくめて身を縮こまらせると、タカ丸さんはもう私に興味がなくなったのかそっぽを向いた。

「そのくらいは教えるよ。」
「は、あ。」

気のない返事を返してしまったのは、タカ丸さんの声のトーンが弱弱しくなったように思ったからだ。しかもそれに対する捻くれた返しもない。違和感にまみれた無言の空間が、変に怖くて落ち着かない。


「タカ丸さん?」


いたたまれず声をかけてしまうほどに。

タカ丸さんはゆっくり私に焦点を合わせ
ゆっくりと口元を卑しく緩ませていった。いつもなら、寒気がするほど恐ろしいその表情が出たことに。今だけは、不本意ながらも安堵していた。

「花子ちゃんに僕の当番も代わってもらわなきゃいけないしね。」
「あーあー、なにも聞こえませーん。」

タカ丸さんの本性は、腹黒で常に人を小馬鹿にして、他人の不利益が好物なんていう、負の寄せ集めみたいなものだってこと。わたしは、知ってる。
でも負の塊のなかに何があるかなんて、そんなところまでは知らない。そこはたぶんタカ丸さんが私に引いている線の内側だから、知る必要もない。

「スミマセン…あの、足踏まないでください。痛いです。」
「こういうのは嬉しくないんだ?」
「わたしのこと、相当なマゾだと思ってませんか?」


わたしは、斎藤タカ丸という人間を、実はよくわかっていないのだ。




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