小説 | ナノ

それまでの私の悩みと言えば、まあシナ先生に睨まれないようほどほどの努力をどう続けていくか、だとか煩い親からの便りにどのようにしてうまくかわして返事するか、だとか。いま考えれば下らないようなことばかりで。なんだかんだ言っても平穏な毎日だったと言える。
それが今じゃ、タカ丸さんの影に怯え毎日を過ごすなんて、ああ。なんていうこと。しかも誰にも相談できやしない。私がタカ丸さんのことをばらしたら最後、わたしの運命は…いや、想像もしたくない。

「あ、タカ丸さんよ!」

友人たちがその声に反応し、我先にと駆けていく。私はというと、名前を聞くだけで挙動不審になる体を動かして物陰に隠れた。私の平穏な友人との時間までも侵されたらたまらない。

「花子も行こうよ。今から髪結いの予約しなくっちゃ!」
「い、いや、私は大丈夫!」
「へ?いいじゃんか。一緒にさ、」

じょ、ジョーダンじゃない!わざわざ苛められに行くなんてごめんだ!私はマゾでもなんでもない!

「あ、ああ!そうだ私シナ先生にまた届け物頼まれてて!土井先生のところに行かなくっちゃいけないの。」
「あ、そうなの?僕もこれから土井先生のところへ行くんだよ。」

聞き覚えのある声にぴしりと固まった。向き合った友人の顔がひどく晴れやかだけど、そんな、まさか。うそでしょ。

「ええー、タカ丸さんともっとお話したかったなあ。」
「ふふ、また今度ね。」
「タカ丸さん今度本当に一緒に街に行きましょうね!」
「あー!抜け駆けはナシよ!」
「じゃあ今度みんなで行こうね。」

近くで聞こえる楽しげな会話が、ものすごく遠く感じる。
じゃあ、というタカ丸さんの合図で散ってゆく友人達。「花子ったらずるーい!」だなんて、そう思うならお願いサンドバッグ変わって。

「さーてと。花子ちゃん。じゃあ行こうか。」
「あ、あー、そういえばもう用事は済んだんでした。うっかり、いやあうっかりしてました。だからこれで失礼しますね!」
「あ、もう済んでたの?良かった。僕もさっきの嘘でさ。ということは、花子ちゃんは暇だろうから委員会の手伝いよろしくね。今日は当番も僕一人だったし、助かるよ。」

あ、あれえ…タカ丸さん私の話聞く気ゼロですね!ツッコミおいつかない!

「…やっぱり、用事あったかもしれません。」
「いい加減下手な茶番やめたら?もう決定事項なの、わかる?」
「…ぁ、はい。」

がっくりうなだれて見せるとタカ丸さんがそれはそれは愉快そうに私を見て笑った。どうやらまだまだしばらく、悩みは尽きないようだ。助けて。




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