小説 | ナノ

胸を何回も何回も叩かれる。つまり俺は緊張しているんだろ、もうわかったよ。いくらそう言い聞かせてみても猛打がおさまる気配はない。
視界はいつもよりも白んで、たまに瞬いてみせた。いつもとは絶対違う世界が俺の目の前にひろがる。

深呼吸をしたら気持ちが落ち着くなんて、嘘だ。大きく息を吸ったら、体が全身で酸素をより求めてまた俺の胸を叩き出した。口がカラカラに乾く。


「能勢くん。」


彼女が喋った俺の名前の調子はいつもと変わらないようだった。たった四文字の言葉であるから読み取るにしても限界はあるが、それでもその声に怯えとか心配とかを感じなくて少しだけ安心する。

「来てくれて、ありがとな。」
「ううん。」


途切れた言葉で生まれた沈黙は確かに俺に向けて放たれていた。目を合わせるのを避けるように少し俯いた彼女は確実に俺がこれから口にする内容を理解している。


「俺さ、気がついているかもしれないけど、」


やっと彼女の目が俺を見た。
ちくしょう、鎮まれよ俺の体。声が震えるかもしれないじゃないか。
そんなに胸を何度も強く叩いてくれなくてもわかってるよ。だからこうして行動に出てるんじゃないか。ああ、くそ、

「お前が好きだ。」



言葉がすぐに消えてくれるものでよかった。俺の言葉は一瞬でその場で消えて、でも確かに彼女の胸に届いたはずだ。


すぐに消えたその三文字が、俺がお前に言いたいことの全てだ。

12/05/23~12/08/11(能勢)

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