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能勢くん

こんにちは、気がつけば暑さもひいてきて、木々もいくらか涼しげに葉を揺らすようになってきましたね。
この間の文では暑さでまいってしまってどうにも動けないと嘆いていましたが、少しは能勢くんも動けるようになったでしょうか。心配です。とはいっても、ごめんなさい。実はあなたのその文を読んで想像して、少しばかり笑ってしまいました。怒らないでくださいね。あなたが怒ったら大変なのだという噂は有名ですから。でも、きっとあなたに怒ってもらえるひとは幸せなのでしょうね。
なんて、変なことを書いてしまいました。もう一度書き直したいけれど、早くあなたにお返事を渡したいので。恥ずかしいですがこのままにするとします。
早く暑さが完全に収まってほしいですね。私は秋が一番好きなのです。
それでは、今日はこの辺で失礼します。

わたし



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あなた

こんにちは能勢です。
やっと涼しくなって外で遊べるようになってきました。もう体調は大丈夫です。
笑ったことについてですが、俺は優しいので見逃してあげます。今度笑ったら怒るかもしれません。
とか言って、怒りませんけど。
それから俺に怒られるのが幸せなんてことはないと思います。同じ図書委員の後輩のきり丸は俺が注意する度に文句ばかり言ってきますから。
さてではそろそろ委員会の仕事に行きます。あ、俺も秋が好きです。

能勢久作



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能勢くん

こんにちは。ごめんなさい能勢くん。最初から謝ります。能勢くんからのお返事でまた笑ってしまいました。でも能勢くんは優しいので私を怒らないですよね。それに怒ったとしても、きっとその人のために怒るのでしょう。だから能勢くんに怒られる人は幸せだろうな、と思ったのです。能勢くんが優しいの、私ちゃんと知ってます。だって、こんな見ず知らずの女からの手紙にいつもいつも返事をくれるんだもの。優しいって決まってます。
初めて図書室にこっそり「能勢久作さま」と書いた文を置き去りにした時は本当に、緊張しました。後で実は後悔ばっかりしてたんです。差出人の名前もない手紙なんて気持ち悪いもの、すぐ捨てられちゃうにきまってるって。そうしたら何日か後の図書室に「あなたさま」と書かれた文がそっと置いてあったもので。驚いてしまいました。なんだか懐かしいです。それから今まで、能勢くんと言葉を交わせて、本当に幸せでした。
ありがとう。

そろそろ私は色々なものにけじめをつけなければいけません。いい加減自分を甘やかすのはやめることに決めました。
私のおままごとに付き合ってくれて本当に、感謝しています。図書室にいる能勢くんがずっと大好きです。私は今日から能勢くんのその他大勢に、戻ります。さよなら

わたし



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いつもの手紙はいつもより少し長くて、やたらか細い字体で綴られていた。

この馬鹿、俺をそんなに怒らせたいのか。勝手に言い逃げして行方をくらますなんて良い度胸してる。
力を入れすぎてよれてしまった文を右手に携えて。きり丸の言葉も無視して乱暴に図書室の扉を開けた。

俺の神経は目当ての人物の場所も簡単に探り当てられるほどぎらぎら尖っていたようだ。探していたくのたまの姿を認識し、たちどころに肩を掴んだ。振り向いたその目を睨むように捕らえると、目の前のくのたまが大げさに肩をびくつかせた。


「っあ、」
「手紙のことで話したい。ちょっといいか。」

そう言って俺がしわしわによれた手紙を突き出してやると、くのたまが明らかに動揺したような、泣きそうな顔をした。おいおいくのたまがそれじゃあ、落第点だぞ。

「ち、ちが、」
「花岡花子さん、だろ。俺に手紙くれてたの。」
「…なんで名前、」
「手紙を持っていったり置いたりって意外と目立つんだよ。貸出カードで名前も確認した。…悪いけど結構最初から知ってた。」

唇をふるふる震わせた彼女の目もとがだんだんと潤んでいく。

「そっちから言ってくれるの待ってたのに、名乗りもせず勝手にさよなら言いやがって。俺、怒ってるからな。噂どおり怖いから覚悟しろ。」
「の、能勢くん、あの、」
「俺は優しいとは言ったけどな、意味のない文通をする趣味はない。」


彼女が言葉をせきとめるように口を結んだ。見開いて現れた黒目が光る。くそなんで俺はこの子を前にするだけで、こんなに、苦しい。


「不器用に想いを伝えてくるあなた、に惹かれたから続けてた。」
「うそ、」 
「…嘘みたいなホントだよ。だからまあ、なんだ。秋に向けてその、一緒に読書でも。」

目と口をぽっかり開けた、今日初めて間近で見た真っ赤な彼女がいよいよ直視できなくて、
さっきまでの威勢はどこへやら。俺は、情けないかな、視線を宙にさまよわせながら彼女を逢引に誘ってみるのだった。

うきあがった恋の話

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