小説 | ナノ

右ひざがじくじくと痛む。足を引きずるようにしてゆっくりと保健室を目指す。
しくじった。はぁ、思わずため息が漏れる。
いつも扱い慣れているクナイなはずなのに、不注意で足を切ってしまった。ざっくりと。

「保健室、誰かいるかなぁ」

左近がいたらいいな。
そんなことを考えているうちに保健室へ到着し、静かに扉をあける。

「失礼しまーす…」
「はーい、…て、大丈夫?足!」

そう言って保健委員らしき人が駆け寄って肩を貸してくれた。
装束の色から判断すると、三年生の人のようである。
優しそうな人だな。


「あちゃー、これは結構切ったね。痛いでしょう。」
「はい、血が止まらなくって…」

心配そうな顔で私の傷を覗き込む。

「待っててね。」

そう言って先輩はテキパキと傷の処置をしてくれた。

「はい、一応応急処置ね。まだ血が完全に止まってないから…少しここで休んでいきなよ。」
「ありがとうございます、甘えさせてもらいます。」
「うん。…えっと、違ったらごめんね。」
「はい?」
「もしかして、花岡、さん?」
「え、はい、そうです。…私のことご存じなんですか?」
「あ、やっぱりかぁ〜。いや、ね。この間作兵衛が卵焼きあげてた子に似てるなぁ、と思ってさ。」

そういえば、あの時忍たまの三年生が何人か後ろに見えた。
見られていたのか、恥ずかしい。


「じゃあ先輩にとって私は卵焼きの人ってわけですよね…」
「え?いきなりどうしたのさ。」
「いえ、食べ物の名前が増えていくなぁと思って。」
「あ、トリカラ先輩って言われてるんでしょ。」
「うわ先輩なんで私のシークレット渾名を知っているんですか!かなり衝撃ですよ。」
「シークレットなの?だって、一年は組の子に結構聞かされるよ。」
「まぁ実際もうシークレットってのはわたしの願望になりつつあるんですけどね。」
「ははは花岡さん、聞いた通りおもしろいね。」

おかしいな、私は面白いなんて噂を流した覚えもなければそんな大層なネタも持ってないはず。
なのになんでそんな噂が。左近か。左近なのか。くそあいつめ。絶対捻じ曲げて保健委員のこの先輩に私のことを伝えているに違いない。
……あれ、そういえばこの先輩の名前、まだ聞いてなかった。こっちも知っていなきゃ失礼だよね。
ここまで来ちゃったらもうだいぶ聞きづらいけど…ま、でも聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥と言いますし、
潔く今聞いてしまった方が良いんじゃないか花岡花子!

「あの…」
「ん?」
「先輩のなま「三反田数馬先輩!遅くなりました!」
「あ、左近。」
「え?左近?」

先輩の言葉に驚いてドアを見る。そこにいたのは確かに左近だ。私に気がついて驚いた顔をしたと思ったら、すぐにいつものぶすっとした顔に戻った。

「なんで花子がここにいるんだよ。邪魔しに来たのか?」
「こら左近。花岡さん、怪我しちゃってね。今手当してたんだ。」
「あ、そうですか…怪我?…足か。大丈夫か。」
「へーきへーき。左近。私だっていつも左近の邪魔しに保健室に来るわけじゃないんだよ〜」
「へいへい。数馬先輩、代わります。」
「ありがとう。そうだ、花岡さん、さっき何か言いかけなかった?」

そうだ、私は先輩の名前を聞きたかったんだった。でも結局左近が言ってたから名前知っちゃったんです三反田数馬先輩。
本当左近は空気読めない。

「悪かったな空気が読めなくて。」
「ドキッ!なんで左近私の心が読めるの?」
「口に出てた。」
「なにそれっ私かなりの痛い子じゃん!」

三反田先輩は顔を赤くして笑いをこらえていた。

「ご、ごめぶっ…くくっ」

そうやら先輩のツボに入ったらしい。完全に三反田先輩の中で私は面白痛い子になってしまった。

「左近…私が変人認定されていく気がするよ。どうしよう。」
「良かったな。みんなに知ってもらえて。」
(コイツ…)
「はー。ごめんね笑って。いや〜これで作兵衛に報告する花岡さんネタが増えたよ。」

作兵衛って、そっか、富松先輩三年生だもんな。
…ん?ということは、三反田先輩に妙な私の噂を流したのは…

「もしかして、私の話聞いたのは富松先輩ですか?」
「うん。そうだよ。」
「わ、完全に左近がテキトーに私のことを言ってるのだとばかり…」
「別に僕はお前の話をそんなに人と話そうと思わない。」
「ヒッドい左近ちゃん。」


左近の眉間のしわがいつもより多かった。そんなに私が左近を疑ったことが気に障ったのかい。
…まぁ濡れ衣だもんね。ごめん左近。





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