「で、それがきっかけで恋仲になったの。」
恥ずかしさと嬉しさを滲ませたような声で友人が話をしめくくった。
きゃあと黄色い悲鳴がひびく中で、私は未だにどきどきする胸を押さえつけ、はあ、と興奮と感動の混じった熱い息を漏らした。恋の話を聞くと、いつも気分が高揚して。勝手に顔が緩んで火照ってしまう。輝く友人の姿はわたしにとって、いつも眩しい存在だ。
「じゃあ次は、花子の話。」
「えっ…!わ、私?」
「そうだよ。許婚の彼とは、どうなの?」
「そうよ。聞かせて聞かせて。」
「…な、何もないの、本当に、」
ええー?といたずらに疑いの目を向けてくる友人たちに対して、後ろめたさから俯いてしまう。それを恥ずかしさととった彼女たちが微笑ましそうに言葉をくれた。
「花子は大切にされてるんだよ。」
「そうそう。純朴な女の子だから、簡単に触れないようにってね。ああ、羨ましい。」
ずきずき、痛みがひろがる。違うの、私、純粋でもなんでも、なくて、浦風くんに、触れて欲しくて仕方なくて、
「…そうかな。」
乾いた笑いが顔に張り付く。
作られた「わたし」と、本当の私がどんどん離れていく。浦風くんの好きな私から遠ざかる。
*
「花子さん、やっと見つけた。」
ぴくん、と肩がはねる。ひとり、庭でぼんやり薬草を観察していたら背後から大好きな声がした。胸の高鳴りをおさえてゆっくりと振り返り、浦風くんに微笑みかける。
「浦風くん。」
浦風くんはいつも通り笑って、「何をしているの。」と私の隣にしゃがんできた。浦風くんの顔が、髪が、私のすぐ横、に、
―花子は、純朴な女の子だから
それはほぼ無意識だった。
気がついたら浦風くんから避けるように、飛び退いていた。突然のその行動に浦風くんは、―私自身すらも―驚いて、しばらく固まった。
「…ねえ、花子さん。」
気まずい雰囲気のなか浦風くんが姿勢を正して私を見てくる。背中がひんやりと、寒い。今、私ひどいことした。浦風くん、浦風くん、これは、ね、
「もし、もしも無理してるなら、言って。早く言ってくれないと、僕引き返せなくなる。今ならまだ、まだ…大丈夫だから。」
「…うら、」
「ごめん、言わないで。」
浦風くんは、顔を歪ませて私の言葉を遮って、立ち上がった。
私は、私はね、浦風くん、
待って行かないで。
ただ、ただ浦風くんの横に居たいだけなの!
「い、いかないで、」
瞬時に浦風くんの腕をつかんだ。もう、だめ。純粋だとかそんなの、関係ない。だって浦風くんが私から離れていっちゃうほうが怖い。
「花子さん、だって…」
「ごめんなさい、ずるいけど。私ずるいって思うけど、行かないで。私こそ、駄目なの、もう引き返せないの。う、浦風くんが、どうしようもなくすき。っき、なの、だから、いかないで。引き返すなんて、言わないで。」
酷い顔をしているだろうな、と思った。きっとここにあるのは、清純さのかけらもない欲のかたまりの顔だ。自身の表情にまで気を回す余裕なんて今の私にはないんだ。
長いまつげで縁取られた浦風くんの目がすこし大きくなった気がした、
「ずるい、花子さんは。」
まばたきひとつした間に、浦風くんがいきなり近くなっていた。今、浦風くんの腕に、胸に、私の体は包まれている。浦風くん、近い、あのときみたいに、近い。
「花子さんが何を考えているかわからなくて、不安だったのに、そんなこというから。全部ふっとんだ。」
浦風くんの心臓の音が聞こえる。浦風くんに血を通わせる、その音が愛しくて、本当はほしくて、たまらない。
「うらかぜくん、」
かすれたようなその私の声で、浦風くんが体をすこしだけ揺らす。
「私ってね、純粋なんかじゃないの。ただ臆病で、そのくせ欲張りで、きたないやつなの。今だって浦風くんに触れたい。もっと。もっとって思ってる。これが、私、」
顔が見えないのをいいことに、一方的に感情をぶちまけた。やっぱり私は呆れちゃうくらい臆病だ。
浦風くんがそうっとそうっと私を引き離す。上気した浦風くんの頬が、ひどく色っぽくて。じんわり、熱が滲んだ。
「そんなこと言って、いいの。」
「うん。」
「もう引き返せって言われたって引き返さないよ。」
「うん。」
そこは自信をもって返事すると、浦風くんの手がやさしくわたしの頬に触れた。また熱が宿った。浦風くん、が欲しい。浦風くん。
目を閉じて浦風くんを感じる。やさしい接吻でつながった体が、このままくっ付いてしまえたらいいのに。
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