小説 | ナノ

「次から次へと湧き出てくる」

俺の横で膝をかかえ、まっすぐに前を見る彼女の感想はすごく真面目な調子なのになんとなくおかしくて、思わず吹き出してしまいそうになった。
でも彼女はいたって無表情なので、笑いは引っ込めて。とりあえず彼女とおんなじように前を見てみた。
シュウ、と息をもらすように音を立てて開いたドアからは人がポロポロと、確かに「湧き出て」きていた。そこで堪えきれず俺は吹き出した。

「なにわらってんの…きもちわるい。」
「だって、ホントに湧き出てんだもん。」
「べつにおかしくなんてないじゃん。笑いのツボわっかんない。」

そう呟いてうつむき加減に下唇を尖らせた彼女は、変な言い方かもしれないが、騒がしいプラットホームの風景にとてもよく映えた。


「ねえあと何分?」
「…さっき言ったろ。あと20分。」
「まだそんなにあるの?あーやっぱりさっきの電車ノガすんじゃなかった。久作がさっきもっと早くトイレから出てきてくれたらなあ。」
「俺の五分間のトイレよりその後のお前の15分間の化粧直しに問題があったんじゃないか?」
「あーいえばこーいう。」
「いやいや、お前な。」


シュウ、と息がもれる音がする。トゥルルルル、聞きなれた電子音がする。ひとが、ポロポロ湧き出る。音と音が絡み合って、騒音に変わる。耳元で音が喧しく暴れだす。


「わーわーうるさーい。騒がしいのキラーい。」
「お前がうるさい。このくらい我慢しなさい。」
「静かな草原とかに行きたいな。久作、そうだアフリカに行こう。」
「アフリカかー。アフリカはお前の大嫌いな虫達がわんさかお出迎えしてくれるだろうな。」
「よし、久作、ニュージーランドに行こう。」
「ニュージーランドってどこだっけ?」
「よくわかんない。」
「てかパスポートもってんの?」
「ううん。」
「駄目じゃん。」
「そーいう現実的な話はいーの!」
「ほらほら、帰宅ラッシュ時の電車の人混みっていう現実を眺めるのも意外と悪くないぞー。」
「ヤダよ。私自然に癒されたい。」
「人工ものはダメっていう先入観で都会を毛嫌いするタイプだろお前。」
「だってーうるさいしー単調だし…」
「いろんな奴が電車に乗って、溜め息と一緒に吐きだされて、そんで気がついたようにやれやれって家へ帰るわけだ。その憂鬱さが都会くさくていいっていうかさあ。」

思ってることを、周りがうるさいのをいいことに淡々と言ってやったらそれまで面倒くさそうに喋っていた花子がキョトンとした顔で俺を見てきた。

「きゅーさく、なに恥ずかしいこと言ってんの?」

そう言われた途端になんだかいきなり恥ずかしくなってきて、押し黙って口をすぼめたら、笑われた。それも、吹き出す程度ではなく、お腹を抱えてうずくまるほどの大笑いだ。おいおい、そんなに笑うなよなあ。

「っ、都会に染まってやったぜ!ってかんじでいいね。その発言。」
「おい、ばかにすんなっ」
「ばーかばーか!」
「…腹立つ。」


そのときまた盛大に溜め息が吐きだされて、向こう側でこれまで一番のひとがどっと溢れ出したのが見えた。途端にまた、響きわたる様々な音たち。
確かに、さわがしいっちゃ、騒がしいけど。


「まあ、言うほどわるくないかもねえ。」


喧騒に流されそうになったその言葉を何とか聞き取って、次に俺が発した「なにが、」という言葉は花子の「並ぼう!」の声と被った。あわてて時計を確認すれば、出発時刻が迫ってきていた。ああ、と遅れて返事をして、緑色のラインに沿ってふたりで立った。

「なにがだよ。」
「え?」
「何が、わるくないんだ。」
「…ああ、さっきのはなしだよ。さっきはああ言ったけど。電車の憂鬱にのまれるのも実はそんなに悪くない、かもなって。久作も隣にいることだしさ。」

ずっと握っていた花子の指が動いた。微かに握る力が強くなった気がした。

「…だろ?」
「うわ得意げ。」

電車の間もない到着を知らせるアナウンスが流れて、遠くに光るライトが見えた。
夕方独自の鈍色に照らされた錆び付いた線路。その手前に花子。目の前の薄茶けたような光景が、でもどうしようもなくきれいだと思えた。


「きた。」


さあ食べられに行くぞ。

そう言って嬉しそうに爪先だった彼女は、やっぱりこの場所によく映えていた。

とびこめ憂鬱

←TOP

×