小説 | ナノ

二度目に花岡に会ったのは、食堂だ。

その日は人気メニューのから揚げがメニューに出ていたため、みんなが我先にとから揚げの定食を頼んでいた。
俺も急いで列に並んでから揚げを頼むと、「はい。池田くんで最後だよ。」とおばちゃんに言われ、定食を渡される。
危ない危ない。

「えぇ!!おばちゃん、から揚げ、終わっちゃったの!?」

後ろで叫び声がした。声の主を見ると、一年は組の団蔵だった。
ごめんねぇ、と申し訳なさそうにおばちゃんが謝っている。

「…頑張って走ってきたのに…」

がっくりとしている団蔵を見て少し心が痛くなったが、早い者勝ちだからしょうがない。そのまま仲間の席に行く。

「良かったね、から揚げ。ギリギリ間に合って」

席に着けば、向かいの四郎兵衛がこちらにへらっと笑ってそう言ってきた。

「ああ。」

返事をして、視線を四郎兵衛に合わせる。
――と、そのとき、四郎兵衛の隣の隣に花岡が座っていることに気がついた。

目を細めて、向かいの子と楽しそうに笑っていた。
最後に見た花岡の笑顔が無理をした顔だっただけに、その笑顔を見てどこか安心した。

「失礼しますー」

そのとき、眉尻を下げた団蔵が魚の定食を持って四郎兵衛の隣――つまり花岡の隣に座ってきた。
魚を食べ始めながら、周りのから揚げを羨ましそうに見つめている。
そんなにから揚げが食べたかったのか、お前は。
少し呆れて見ていると、「あっ」という声とカラン、という乾いた音が聞こえた。

あちゃー、という顔をして、団蔵にすまなそうに花岡が笑う。

「ごめんね。もし良かったら落としたお箸、拾ってくれるかな?」
「はーい。ちょっと待ってください。」

どうやら花岡が団蔵の方に箸を落としたらしい。
団蔵が返事をしてひょいっとかがんだ。

その団蔵がかがんだ瞬間、花岡は自分のから揚げのお皿を持って手を伸ばし、団蔵のお皿へ素早くから揚げを滑らせた。
そうして、すとんと。団蔵が頭を上げるのと同時に席につく。

「はい。先輩。どうぞ。」
「ありがとう、わざわざごめんね。」

にこりと団蔵に笑いかけ、彼女は、そのまま席を立って。
目があった四郎兵衛に向かってしぃ、っと人差し指を自分の口元にあてて、そのまま行ってしまった。

そのうちに自分の皿に覚えのないから揚げが乗っていたことに驚いた団蔵がみるみる顔を笑顔にさせて、「先輩!から揚げが僕に食べられに来てくれました!」と興奮気味に四郎兵衛に話しかけだした。

「今日僕、会計委員の仕事があって。から揚げ食べてがんばろーって思ってたんです。
食べられないと思っていたけど…これで頑張れます!」
「良かったねぇ。」

すべてを知っている四郎兵衛が、眉を下げて笑う。


その時、俺は
彼女の表に出さない優しさを、自分にはないそれを、持つ彼女が
近づきたいけど近付けないような、きらきらした存在になっていくのを感じた。


「団蔵。」

食堂を出る際に、勿体ぶってから揚げを転がす団蔵に声をかける。

「池田先輩、…なんですか?」

怪訝そうな顔で団蔵がこちらを見る。まあ、いつもちょっかい出してるからな。

「そのから揚げ…隣に座ってた花岡がくれたんだよ。お礼言っとけな。」
「あ、はい!言っておきます。くのたまの方ですね!」

教えてくれてありがとうございます!という声におー、と返しておく。





「…三郎次、から揚げのこと言っちゃったね。花岡さん、言うなって、言ってたのに。」

食堂を出たところで四郎兵衛がぽつりとつぶやいた。

「それはお前に向けてだったろ。俺は言われてないし、言いたかったからいいんだよ。」

確かに、わざわざ花岡の小さな優しさを教えてあげたことは野暮なことかもしれない。
でも、言いたかったんだから。しょうがない。
なあ、花岡。そのきらきらした優しさは確かに素敵だけれど
だからこそ、もっと表に出してもいいんじゃないかって思うんだ。
これは、花岡への、俺の我儘だ。


「意外だな〜三郎次がそんなこというなんて。」
「…そうかあ?」

久作の言葉にしらばっくれるように返す。

「…で、左近。お前はなんでそんなに嬉しそうなんだよ。」
「別に〜」





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