小説 | ナノ

※転生




花火をしようかと言い出したのは藤内だ。

夏と言えば花火だもんねえ、とはしゃいで賛同してみたものの、「暗いとゴミが拾えないし暗くて危ないから。」と真面目なことを言いだした藤内に合わせ仕方なく昼間行うことを了承した、というわけだ。

「昼に花火やったって綺麗じゃないよ。」
「そんなことない。花火は花火だよ。」

風が強く吹いてお互いの髪の毛を吹き散らかす。海辺は風が強い。波の音と風の音がまざった海の音がひっきりなしに耳元で流れる。

「風でろうそく消えちゃいそう。」
「直接火、つけるか。」

ぼうっと灯ったライターの赤い火が花火に点火される。じりじり燃えた花火の先が次第に黒くなり、鮮やかな光を生み出す。

「わ、ついた。」
「おー」
「きれい。」

生まれた光を繋いでまた光を灯して、海の音にパチパチと音が重なる。仄かな温かさと鼻をくすぐるツンとしたにおいが夏のはじまりを思わせる。
日はまだ高いけど、明るい場所の花火は思ったよりも綺麗だと思った。青く波打つ海と花火のある光景はなかなか趣深い。

「夏だな。」
「うん。」
「夏が、来る。」

うん。


花火も海の光景も、見慣れてきてしまったことに気がついていた。
何度目かの夏がまたそこに来ている。
細かい砂が私の足先をくすぐった。

私たちの思い出は沢山のいまに埋め尽くされてきた。


「とーない。」

最後の花火を手に、藤内を呼んでみた。ジジジ、と音を立て続ける花火から藤内が顔をあげてこっちを見る。
藤内は変わらずに今ここにいてくれる。

「花火、終わっちゃうね。」
「うん。」

あんなに沢山あった花火はあっという間に終わってしまった。空になったビニールがかさかさ揺れている。儚すぎる。儚いにもほどがある。

「私、忘れるのがこわいよ。」
「…うん、俺もだよ。」
「みんな忘れちゃう。あんなに焼きついた記憶も、しっかりおぼえていたことも。」

あのツンとしたにおいも海の音も、今と曖昧にまざっていく。わたしの生きた時間はどんどんとおぼろげになって、ふと思い出した瞬間にものすごい悲しみに襲われる。
忘却はヒトが犯す最低な罪だと思う。どうして私たち、わすれてしまうんだろう。どうしてこんなに必死に私は今を生きているんだろう。

藤内がそっと私を包んだ。
藤内もどうしたらいいのかわからないんだろう。こんな話に無理やりつき合わせてごめんね。藤内、すき。
背中に手を回して抱きしめ返した。あたたかい。ここに藤内がいる。それは変わっていない。もしかしたら、昔と今をつなぐ彼の存在と彼への気持ちが私の唯一の救いなのかもしれない。
海の切れ間にはいつかの藤内と私がいた。

テトラポットの切れ間

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