小説 | ナノ

※浮気表現注意




「っせ、くん」


わかんないわかんない
だってわたし馬鹿だし、彼氏のいるわたしに能勢くんがこんなに近づいてくる理由なんてわかんないし、
そんなつもりじゃなかったし、能勢くんとよくしゃべるようになって、楽しくて。
今日もそういうカンジで、一緒にファミレスでご飯食べようってなって、話し込んで遅くなって、送ってくれるって好意に甘えて、


「のせ、っくん!」
「…なに。」
「退いて…?」


能勢くんって不器用そうだよね、なんて勝手な憶測たててファミレスで笑ってたわたしのばか。運転席から乗り出した能勢くんがもうほとんど助手席に体を移動させて、わたしの寄りかかっている窓に右手をついてこっちをじっと見ている。もう自力じゃ逃げられそうにない。こんな風にわたしを追い込んだ能勢くんが不器用なわけない。



「無理、」
「むり、って、なに、それ」
「無理だよ。」



能勢くんの声は想像以上に近くで聞こえた。低い掠れたような声がびりびりと頭をしびらせる。



「むりじゃない、よ、能勢くん、ちかい、」
「だいじょうぶ」
「だいじょ、ばない!」



体と体の間を広げようと伸ばしてみた両手は全く無意味で、能勢くんとわたしの体の距離が開く気配はない。


「退かないよ、無理だって。」
「そんな、」
「それに花岡、本気で嫌がってないから。」



いたって冷静な能勢くんのセリフの意味を理解して、頭が急速に冷えていく感覚に陥った。ぼうっと薄暗かった視界がその時真っ暗になって、そして唇がなにかに触れた。



「…ぅあ、」



能勢くんが離れていく瞬間に音がして、その音がなんだかやけにリアルに頭に反響した。やわらかなものが触れた感覚が唇に残っている。今、ふれた。
わたし、能勢くんとキスした。
途端に胸に砂袋を落とされたみたいな憂鬱さが体を支配する。後悔しても、もうなにもかも遅い。そんな背徳感が頭の中を満たしていく。その一方で嬉々としてはねつづける心臓の存在は見過ごしてしまいたかった。
―でも、認めてしまいたくないけど。この感情がわたしの事実なんだ。能勢くんのさっきの言葉は確かに図星に違いなくて。
わたし、浮わついてるんだ。



「でも大丈夫。俺はそんな花岡が好きだから。」



歪んでいるだろうわたしの顔を見て、能勢くんは真顔でそう言った。ああ、もう。

また近づいてきた能勢くんに対してどうすることもできずに、矛盾した感情に振り回されながら、ただ流れに身を任せた。軽い吐き気を感じながら、わたしって救いようがないほど最低だっんだと、いっそ笑いとばしてしまいたくなった。

こんなさいていなわたしが好きなんて、なんて能勢くんはやさしいのだろう。

ひとつの夜

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