小説 | ナノ

左近には、くのたまに花岡という友達がいる。
その花岡からすれば、俺はなんとなく見知った人物か、もしくは左近の友達という認識か。どちらかだと思う。

でも俺は、花岡花子という人間が結構好きなのだ。



初めて彼女を知ったのは、左近の愚痴からだ。

「くのたまにかわいいって言われた。」

突然ぶすっと口を尖らせながら左近がそう言ってきたのだ。

「へぇ。よかったじゃん。」
「よくない!あいつ僕を馬鹿にしてるんだ…花岡め…」

他のくのたまにやられたことに比べたらそんなもん可愛いもんだと思ったが、あまりにも左近が怒っているので黙っておいた。
それからもたびたび「花岡」に関する愚痴は左近の話題に出てきた。
でも左近の口ぶりから察するに、なんだかんだ花岡とのやりとりを左近も楽しんでいたんじゃないかと思う。


そして、俺はある日「花岡」に初めて会った。

その日、左近は見てわかるほどイライラしていた。普段以上にミスを連発していたのだ。そうこうしているうちに一日の授業の終わりになって、二人で廊下を歩いていると見慣れた桃色の装束が見えた。
何事もなく通り過ぎようとした時に、左近が顔をしかめていることに気がついたのだ。

「左近ちゃん、やっほ〜」
「その左近ちゃんってのやめろよ。花岡。」
「左近ちゃんも名前でいいよって、言ったのに。今日もつぶらな瞳がかわいいよ。」

左近から「花岡」の名前が出てきたことで、初めて俺は顔をあげて花岡を見た。
茶色っぽい髪の毛をひとつに結んだそのくのたまは、目を細めて嬉しそうに笑っていた。

へえこの子か、

「いいかげんにしろよ!!」

ぼんやり花岡を観察していたらいきなり左近が怒鳴り声をあげた。

「かわいいとか左近ちゃんとか、目がぱっちりとか…お前僕を馬鹿にしてんだろ!もう声掛けてくるなよぶす!」

顔を真っ赤にして怒る左近に、まずいと思って「おい、左近落ち着け、」と声をかける。さすがに言い過ぎだ。
花岡を見ると、細めていた目をいっぱいに開いて左近を見ていた。その突然開かれた黒目にどきりとして、同時にひやりとした。
しばらく無言の時間が流れ、左近の顔が蒼くなってきたあたりで花岡がまた目を細めた。

「ひどいわ〜川西くん!そんなこと他の女の子に言ったら嫌われちゃうよ〜?女の子のことわかってないなぁ。」

けらけら笑って言う花岡に、左近がまた眉を吊り上げた。

「ばーか、お前にしか言わないよ。」
「ありがとう、特別扱いしてくれて〜!じゃあ急いでるから!また保健室でね〜」

ひらひらと手を振って花岡は走って行った。

「…」
「左近。」
「…」

俯いて止まったままの左近の感情はなんとなくわかる。きっと、後悔しているに違いないんだ。

「お前、ちゃんと謝れよ。」
「…わかってるよ」

左近はひどく落ち込んでうなだれているようだった。
そんな左近の横で、俺はずっと彼女の「川西くん」という言葉と、震える手先と、無理したような笑顔を思い出していた。

それから二人は仲直りしたんだろう。左近は花岡を花子と呼ぶようになり、

彼女は、俺にとって少し気になる存在になった。





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