小説 | ナノ

やっと到着した私の家。帰ってきましたマイホーム。しかし見間違えだろうか。
次屋が私の家の前に居る。
呆然としているであろう私に向かって「よー」と手を振っている。

「わかった。そんなに呼んで欲しいなら警察呼ぶね。」
「まあまあちょっと待て。誤解だよ。」

そう言って次屋は私から携帯を取り上げた。

「返して!」
「まずは俺の話を聞いてくれ。家に帰ろうと思って歩いてんだけど、俺の家がどこにもないんだ。そうしてグルグル歩いてたらここに辿り着いた。」

冗談なのか本気なのかわからない口調で次屋が語り出す。ってそんな話、信じられるか!…ん、でもそういえば次屋は酷い方向音痴なのだと噂で聞いた気がする。富松くんもさっき、紐で繋いでたよーな…
もうなんか…色々とめんどくさい。

「…信じる信じないは別にして、警察呼ばないからじゃあ早くここから立ち去って。方向音痴なら富松くんに連絡して。そうしないと明日次屋の悪い噂流すよ。ストーカー野郎って。」
「いいよ別に。俺はなんて言われたって気にしないし。」
「ふざけないで!」
「…なんていうのは冗談で。」

くく、と笑いをこぼしながら次屋は私の家を囲む低いレンガに腰掛けた。こら、座るな、居座ろうとするな!

「帰るよ。でも悪いんだけど腹へって動けねーからなんかくれない?金なら明日払うからさ。」

図々しい奴、と思ったけど私はなんだか拍子抜けして、一瞬返事が遅れてしまった。そんな私を見て、次屋は「家に入って欲しかったの?」とニヤニヤしながら聞いてきた。

「調子乗んな!」
「冗談だって。」
「そこで餓死してれば!」
「縁起でもねーなあ。」

喋る次屋を無視して、扉を勢いよく閉めて家の中に入った。むかつく、むかつくむかつく。
あんな奴と関わりあいになるなんて、心底ついてない。今日の私の星座は間違いなく最下位で今月は厄月なんだ。教科書の入った重いカバンを投げ捨てるように置いて、私はキッチンに入る。むかついたら、おなかがすいた。おにぎり握って、お腹をすかせた次屋の前でかぶりついてやろうかな。

「梅干し、と。」

冷蔵庫のなかから梅のパックを手に取ると、隣にわさびチューブがあることに気がついた。暫し考えてみる。そうだ、コレ使ってやろ。悶える次屋を想像するだけでにやけそうだ。
私は早速そのわさびチューブをとって、おにぎりを握り始めた。




*




思ったより時間かかっちゃったな。あわててサンダルをつっかけて出ていくと、次屋はさっきと同じ場所で空を見上げていた。ちょっとほっとした。…いや、いない方が良かったけど。
走ってきたなんて悟られないように、わざとゆっくりゆっくり歩いて次屋の所まで行くと次屋がこっちに気がついて笑った。

「来てくれないのかと思った。」
「はい。」
「おっ、マジで?おにぎり食べていいの?サンキュー!」

私は笑いを噛み殺すように自分の梅のおにぎりにかぶりつきながら次屋を観察する。次屋は大口を開けてわたしの作ったワサビおにぎりにかぶりつく。あ、食べた。

「どう?」

澄まし顔で聞いてみると次屋がむぐむぐ動かしていた口が止まり、細い目を大きく開けて私を見た。

「むっ、かっら!!!」
「あっはは!大口で食べてやんの!ばーか!」
「おま、どんだけ入れたんだよ。めっちゃ鼻スースーする…」
「うちに残ってるワサビの処理を兼ねて、およそチューブ三分の一ですかね。」

苦しそうに悶える次屋がおかしくて、ひとしきりケラケラ笑ったところで、次屋がこっちを向いた。怒っているかと思ったのに、浮かんでいた表情は優しげで、私の笑いはしぼんでいく。

「…ありがと、旨かったよ。やっぱ花岡っていいな。ねえ俺達気が合うと思わない?」

予期せぬ事態に全身がかっ、と熱くなる。思わず私は感情に任せて「うるさいチャラ男!」と叫んだ。その勢いで後で渡そうと思っていた水のペットボトルのキャップをあけてそのままごくごく飲んでやった。

「あれ、その水もしかして俺に、」
「違います!私が悶える次屋の前で自慢げに飲んでやろうと思ってたんですー!ばーか!」
「あーそう。」

いいつつ、次屋はくすくす笑っている。むかつく、やっぱりむかつく。

「なあ花岡、なんか俺まともになれそうな気がするんだけど、」
「ハイハイ良かったね。」
「どう?付き合わない?」
「帰って寝ろ!!」

大声でそう言い放ち、背を向けて家へと歩き出す。何動揺してんだ私。あんなチャラ男の作戦にまんまと乗せられて、でも、本当に次屋がまともになったとしたら、私、次屋のダメなところなんて、見つけられるんだろうか、
…なんて!次屋がまともになるわけないじゃん!

「花岡、次こそナポリタンな、あと返事はいつでもオッケーだから。」

よせばいいのに、振り向いてしまった。次屋が無邪気な笑顔で笑っている。
次屋への憎まれ口も忘れて、私は一目散に家の中へと走り出した。

おにぎり食べたいな




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