「げ、」
「え?どうしました?」
ソウコちゃんが頭に疑問符を浮かべて私の反応に対して首をかしげた。
「あっごめんねなんでもないの、どれにする?」
慌てて開いたメニューを真ん中に置き、指を滑らせる。
今はかわいい後輩とのランチタイムだ。メニューにナポリタンがあったからって何過剰反応してるんだろう。昨日のメール内容を頭から消し去ろうとするも、次屋チャラ男の腹立つ顔が私の脳内を支配してくる。
「花岡の作る肉じゃがなら食べてもいいけど。」
なんておぞましいメールに、反射的に「ナポリタン食ってろ」と返してしまったのが、いけない。構えば構うほど調子に乗るタイプだって考えればすぐわかることだったんだから、そのまま無視してしまえばよかったのだ。そうすればその後の「ナポリタン楽しみにしてる(^_^)」のメールを見なくて済んだのに。
私金輪際、ナポリタンなんて作らない。
「花子先輩もう決めました?」
「っあ、ごめん、もうちょっと。」
「ゆっくりでいいですよ。わたしナポリタンに決めました。」
「エッ!」
凄い速さで顔をあげてソウコちゃんを見たら、ソウコちゃんは驚いていて、「え?何かまずいですか?」と聞いてきた。ううん。ぜんぜんまずくないんだけどね!
「あっわかりました、ナポリタンってわざわざお店で頼むものじゃないって思ってるんですね〜。でも先輩、喫茶店のナポリタンって一味違うんですよ。」
「ソウコちゃんって質より量の人だと思ってたんだけど。」
「質も量も、ですよ?」
「なるほどね。」
結局私はサーモンのクリームソースを。ソウコちゃんは宣言通りナポリタン特盛りを、きれいに平らげた。いつもながらこの子とご飯に行くと、面白いくらい食べてくれて気持ちいいな。しかしお腹をさすりながら不服そうにメニューをまた見るのはどういうことなのかな。うん。私突っ込まない。
「じゃあまた学校で。」
「はい。花子先輩、わたしよくわからないですけど、悩み事はいっそ受け入れた方がラクだと思いますよ!」
笑顔でそういい残して、ソウコちゃんはタイヤの小さな効率の悪い自転車に乗って去っていった。
てやんでい、受け入れてたまるかい。
*
もやもやした気持ちのままレンタルショップに立ち寄った。気分転換に新しく出たアルバムを借りることにしよう。そう思いながら新作の並ぶコーナーにふらっと足を踏み入れると見覚えのある髪型が目に飛びこんできた。…うそ、
引きつっていく表情を止められず踵を返そうとしたら目が合った。何も考えてなさそうな顔で次屋が私を見る。どうか気づかれませんように…!
「花岡じゃん。」
さあっと顔が青ざめていく。
にやっと顔を緩ませて次屋がこちらに近づいてきた。ひんやり背中がつめたくなっていく。
「あの、私急いでるので、これで。」
目を合わせないように立ち去ろうとしたが、肩をぐいっと引かれて体がぐらついた。
「きゃっ」
「待てよ。」
「おい三之助、お前花岡さんに迷惑だろ…!」
そのとき見覚えのある男の子が私たちの間に入ってチャラ男の行動をたしなめてくれた。ええと彼は、確か、
「富松くん…」
そうだ富松くんだ!なぜか次屋と仲がいいけど確か常識人の富松くん。いいぞいいぞ!富松くん、私のためにもっとがんばって!
「邪魔すんなよ作兵衛。俺これから花岡のお手製ナポリタンをいただかなきゃいけないんだから。」
「ちょ、ちょっと、何勝手に…!」
「っな、お、おめえ、いつから花岡さんと…そんな仲に…」
富松くんが信じられない、という顔でチャラ男を見ている。…って、わたしも信じられないわ勝手なこと抜かすな!
「富松くん!あのね!私たち決していま富松くんが考えているような関係じゃないから、勘違いしないように「そーそー、そうなんだよ作兵衛。というわけで俺ここで。」
「そっか、そうなのか…お、おめえ花岡さん泣かせんじゃねーぞ!」
わたしの言葉に聞く耳を持たずに頼みの綱、富松くんは走ってレンタルショップを出て行ってしまった。えちょ、待ってええええ富松くん!キミはおぞましい勘違いをしているよ!!心の叫びも虚しく、ガラスの自動ドアがぴしゃりと私の前で閉まった。
「作兵衛って、マジで花岡のこと好きだったのかー」
飄々と悪びれる様子など微塵もなくそんなことを隣でチャラ男が言っている。こいつのせいで話がありもしない方向に突っ走ってしまっていて、怒りで頭が弾けそうである。もう大人しくするのはやめることに決めて、次屋を睨みつけた。
「っねえ!!誤解を招くようなことぽんぽん言わないでくれる!?どういうつもり!?」
「おーこわー。いや、実際俺何も言ってないじゃん。アイツが勝手に勘違いしただけで。」
「あなたが悪い!」
「ねえ家どこなの?俺もう腹ぺこ。」
「コンビニで添加物大量の弁当食べてろ。」
「あー、いいねその厳しい感じ。俺ますます気に入っちゃう。ね、俺マジで花岡のナポリタン食べたいんだけど。」
「私、もうナポリタンは金輪際作らないと誓ってますから。」
「じゃあオムライスにしよう。決まりだな。」
「帰って。お巡りさん呼ぶよ。」
110をダイヤルした通話画面を次屋に見せて後ずされば、次屋は両手をあげて笑いながら降参のポーズをしてきた。
「わかったわかった。帰るからそんな怒るなよ。」
「サヨナラ!」
走って角を曲がって振り返れば、もちろん次屋はいない。やっと安堵の息をついた。
なんなのなんで次屋は私に構うの。意味がわからないんですけど。
まともに喋ったのは初めてで、いきなり手料理が食べたいとか頭おかしい。…ああもう!あれしきのことでドキドキするな私!次屋のペースに乗せられちゃだめ。頭を冷やさなきゃ。
今日は回り道して帰ろう。
代替オムライス
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