小説 | ナノ

つぎや、さんのすけ。ヘンテコリンな名前だ。

でも私はただ名前で人を判断して決め付けてしまうような、そんな悪い子ではないので。ちゃあんと中身を知った上で人を見極めることにしている。つぎやさんのすけ。付き合った女の子は数知れず。週代わりで彼女を変える有名人。
つまり名前のヘンテコリンさなど問題にならない程頭の中がとろけてしまっている、感動もののチャラ男というわけである。

私が突然、そんな生理的無理系男子、次屋チャラ男のことを何故突然いま思い出してしまったかというと、理由は明快である。そう、この私の手に握られている、誰もが持つ情報機器、またの名をケータイ、のメール受信画面に突然こいつの名前が現れたからである。

いま、私のメール受信ボックスには次屋からのメールが表示されているのだ。

「花子先輩、だいじょうぶですか?焼きそばパンみたいな顔してますけど。」
「ソウコちゃん心配してくれてありがとう。私何も突っ込まないよ。」
「あ、彼氏からメールですか〜?」
「違う。彼氏なんていないから。」

嘘っぽいですよお、と笑って五個目の菓子パンを美味しそうに頬張るソウコちゃんの姿をげっそりしながら見た後にもう一度携帯画面に向き直る。
それにしても理解できない。なんで次屋が私にメールしてくんの?
ってか私アイツと連絡先交換してたんだっけかあ。ああ。クラス全員にアイツが連絡先を聞きまわってた時に流れで私も個人情報流出、またの名をアド交換、してしまったあの時か。ウワー流れに乗るんじゃなかった。クラスで浮く怖さに負けたあの時の私、いまの私に詫びろ。

…ってか待って。しかもメールのタイトル、お誘いって、なに?
うげええ鳥肌だよ鳥肌!誘われる以前に私あなたと話したことがないよ!おそらく連絡先を赤外線交換したときの、「じゃあ先に送るね。」の言葉しか声かけてないよ!コワッこれがリアチャラ充の行動力か。ヒー生きる世界が違う。

さあしかし問題はメール本文だ。
むくむく膨れ上がる好奇心を沈めるように深呼吸して、メール表示ボタンを押した。


- - - - - -
title: お誘い


この間は悪かった。もうあの子とは関係ないから。
明日暇なら俺んち来ない?

- - - - - -


ん?
ん??

あ、ああ。ああ、理解。理解。
次屋は送る相手を完全に間違えているらしい。よかった、本当に、よかった。間違えなら、納得だ。

…それにしても。次屋はこんな恥ずかしいメールを他人に、しかも同じクラスの女子に見られてしまうとはなんと不憫なのだろう。くっく。ざまあ。
なーにが俺んち来ない?だ。反省の色が見られませんけど。せめて許されてから誘え。

こんな内容で「きゃあ許す!家行く★」なんてホイホイ乗っかる女子がいるのか。…いるんだろうな。往々にして女の子はこういう男に騙されやすいのだ。

まあでも私には関係ない話だ。リアル充実感じてらっしゃるそちらの世界の方々はもうそちらで勝手によろしく?やって?いただければと、思う次第ですええ。

「先輩、購買の上げ底弁当くらいいやらしい笑み浮かべてますけど大丈夫ですか。」
「ん、大丈夫。ソウコちゃんまだお腹すいてるの?」
「はいまだまだいけます。」
「そっか。やっぱり私何も突っ込まない。我慢する。」

とりあえず返信ボタンを押してみた。…さーて、じゃあどうするかな。

「送る相手間違えてるよ(^^)/」

と送るのが人としてハナマルの反応だろうか。これを送ることよって、うわあああ俺間違えて送ってんじゃん恥ずかしい死にてえ…!な次屋チャラ男の図が想像できて楽しいっちゃ楽しいんだけど…
たぶん次屋は「ああ、間違えてた。」なんて言って後悔もせずアッサリ水に流す気がしてならない。くっ…それは腹立つな。却下。それならもういっそ思いっきり嫌味を言った方がむしろ面白いかもしれない。実際私は次屋にイヤミ言いたくて仕方ないし。
考え出すと行き場のない苛立ちだけがふつふつ湧き上がってきた。
きっとリアチャラ充次屋はこうやってまた新しく彼女を作っちゃって一緒にスーパーで肩寄せて買い物なんかしちゃうんだろうな。
今日のメニューは?私の得意な肉じゃがだよ?俺お前の作る肉じゃが大好きなんだ?
…はいはい爆発爆発。

勢いで「肉じゃが食ってろ」と文字を打ち込んだら、ちょっとだけスッキリした。いけないな。次屋なんかに精神を乱されるなんて。無駄無駄。
結論。このメールは見なかったことにしてほっとこう。
メール画面を終了しようと電源ボタンに指を乗せようとしたところで突然「花子先輩!」とソウコちゃんが声をかけてきて、驚きのあまり体がはねた。瞬間、指がずれてあろうことか、送信ボタンを押してしまった。

「見てくださいこのメロンパン!なかのチョコチップ偏りすぎだと思いませんか?これ苦情レベルですよね!?伝えたらもう一個サービスとかしてくれませんかね?」
「あああああああ!」

送信じゃねええええ!これ送っちゃダメなやつ!ダメなやつだよ!
中止ボタン!!!中止、どれだ?!どれ!!、?あ、あった!!?よし押して「送信しました」



「…ってええおい!」


携帯に大声でツッコミを入れた私を見ながら、「先輩、糖分足りてますか?」と声をかけてきたソウコちゃんに怒る元気もなく、私は送信完了画面の前でがっくりと項垂れるしかないのだった。

肉じゃが食ってろ



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