小説 | ナノ

「からあげの、お姉さん!」

声のした方を振り向くと、思った通りの顔があった。

「団蔵くん、それと…しんべエくん。こんにちは。」
「「こんにちは!」」

えへへ、と二人が顔を緩ませた。かわいいなぁこの子たちは。

「なんべんも言うけど、私はからあげのお姉さんって名前じゃないんだからね〜花子よ、花子。」
「は〜いすみませ〜ん。」

以前団蔵くんにから揚げをあげたことから、私は一年は組の子から「から揚げのお姉さん」と呼ばれているのだ。我ながらすごい渾名だと思う。

「いいんだけどね〜親しみ感じるし。でもちょっと女の子的にどうかなって思って。」
「先輩もそんなこと気にするんですね。」
「ん?どの口が言ったかな?団蔵くん?」
「ひたいっふみまふぇん、へんはい。」
「はい。よろしい。」

まったく最近ちょっと生意気になってきたな。それがまたかわいいんだけど。
じゃ、と団蔵の頬から手を離して離れようとすると、しんべエくんがしがみついてきた。

「先輩、もし暇だったらなんですけど、用具委員の方手伝ってもらえませんかぁ…今日けま先輩が実習でいなくって。」
「他の委員会もあるから、僕たち忍たまは手伝えないんですよね。特に用具は修繕がたまってるみたいで…」

先輩しか頼れないんですぅ、と眉尻を下げてしんべエくんに瞳をきらきらされたら、もちろん断れません。

「いーよ。」
「ホントですかっ!花子先輩、大好きですっ」
「さすがトリカラ先輩!」
「団蔵くん、わざと言ってるね。」

そんなこんなで、放課後は用具委員のお手伝いをすることになったのだった。


*


「失礼しまーす。」

放課後、約束した部屋に来た。カラカラと扉を開けて入ると、三年生の忍たまの先輩がいた。しんべヱくんは、まだかぁ。
先輩はこちらに気がついて、目を見開いている。怯えているようにさえ見える。くの一は忍たまに恐れられていると言うし、何も聞かされていなければ当然の反応かもしれない。

「はじめまして。今日しんべヱくんに頼まれて、用具委員のお手伝いに来ました。くのたまの花岡花子です。」
「…ああ、そういうことか。わざわざありがとうな。俺は三年の富松作兵衛だ。宜しく。」
「宜しくお願いします。」

あからさまにホッとしている富松先輩に挨拶を済ませ、早速お手伝いに入る。なんでも今日は屋根の修繕をするらしい。修繕なんてやったこともないので、とりあえず屋根にのぼって富松先輩の補助に回ることにした。

「今日は特に大量に壊されてて。食満先輩もいないし、あ、食満先輩ってのは用具委員長な。しかも、しんべヱと喜三太は補習になったらしくてな。頭抱えてたんだ。助かるよ。」
「しんべヱくん達、補習ですか…」
「人に頼んどいて、それはねぇよなあ〜」

ま、あいつらはしゃあねえか、と目を細めて笑う富松先輩に、こちらもつい頬を緩めてしまう。優しい先輩だ。

トントン、と金槌の音が小刻みに響く。
だんだんに私の手際も良くなり、スムーズにことが進む。

「それにしても、あいつらにくのたまの人脈があるのは驚いた。」
「人脈というか…前に、食堂で団蔵くんにから揚げをあげたことがあるんです。それから、一年は組の子達に懐かれちゃって。から揚げのお姉さんって。」
「ぶっ…」
「やっぱ笑いますよねェ〜」
「悪い悪い。花岡って優しいのな。こうして手伝いにも来てくれてるし。くのたまっぽくねえっていわれないか?」
「わたしだって、わかりませんよ?今回富松先輩に近づいて油断させておいて、今度食堂で会った時にこっそり卵焼きとっちゃうかもしれません。」

富松先輩がまた吹き出した。なんですか笑い上戸なんですか先輩。

「…なんかネタっぽいよな花岡。そんなに卵焼きが欲しいなら言えばやるよ。」
「えっ本当ですか!?じゃお願いします!今回のお礼ってことで!」
「おいおい、そんなんでいいのかよ。」

雑談をしていたら、そのうちに一年生の平太くんという子もやってきた。楽しく三人でしゃべりながら手を動かし続け、補習組が来る頃にはあらかた終わっていた。

「から揚げせんぱ〜い、遅れてすみません。ありがとうございますぅ〜」
「そのから揚げ先輩ってのを直したら許してあげる。」

しんべエくんと喜三太くんにきっぱりと言い放つ。その横で富松先輩が笑いをこらえているのが見えた。





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