小説 | ナノ

今日は火薬委員の集まりがあるって、そう三郎次くんが言っていたから。
こっそり会いに行こうかなと思って来てしまったというわけで。
でも私の目の前に立ちはだかったのは予期せぬ障害、というよりはかわいいかわいい後輩達で。

つまり、私はどうしたらいいものやら考えあぐねている状況で、あって。


「喜三太くーん、私行かなければいけないんだよ。離してくれる?」
「からあげせんぱいが、僕と遊んでくれるなら離します〜」
「うーん、また今度じゃダメ?」
「今です!」
「せんぱーい知ってますか?明日のランチはからあげなんですよ!一緒に食べましょうね〜」
「え、そうなの?完全に私共食いみたいになるけど…って、まあその話は明日しようしんべヱくん。だから今日は通してね。こら、鼻水つけないの!」
「トリカラ先輩今日はもうあきらめてください。ここは通しません。僕らの意志は固いんです。」
「いやいやいや、団蔵、私の意志も結構固いよ?そしてどうして君は上から目線なんだこの。」
「いいじゃないですか、から揚げせんぱい。今日も保健室に行きましょうよ。川西先輩もいるじゃないですか。それに僕、先輩が来なくなって寂しいんです…」
「うっ…乱太郎くんその言い方はズルいよ…気持ちがゆらぐ…けど!保健委員はまた今度行きます!今日私は火薬委員に行くの!」
「やっぱり!だめです!僕は行かせません!」
「えええ伊助くんにだめって言われたら行けないよ…どうしてみんな、そんなに私を引き止めるの?」
「僕たちは納得いかないんです!からあげ先輩と三郎次先輩は会わせませんよ!」

私はやっとこ合点がいった。
と同時に、向こうからやってくる人物に気がついてちょっと慌てた。

「先輩よく考えてください。三郎次先輩なんて意地悪ばっかりだし。」
「き、きり丸くん、ほら、でも仲が良いからこそって考え方もあるよ、ね?」
「毎回毎回ひとこと多いし。」
「金吾くん。それも、ほら、素直になれないから、つい言ってしまうとか、ね。」

「悪かったな。意地悪で一言多くて。」

あちゃー、と思った時にはもう遅い。
三郎次くんは腕を組んで片方の眉をひそめて立っていた。
は組のみんなは振り向いて三郎次くんの存在を確認すると、一瞬青ざめた。

「ぼ、僕たちはまだ認めて、ないですから!」
「そーか。ま、そのうちでいーさ。…花子、」

ぎこちなくのばされた手と合わない視線。
まだまだ全く慣れない名前呼び。
その全部が愛しくて、全部受け止めたくて、私は目の前の手を取るのだ。
細いけれど角ばった彼の手が触れる。三郎次くんと触れあう私の手。

「またね。」

照れを隠しながらそう言うと、は組の子は困ったような顔で、笑ってくれるのだ。







「今日これから三郎次くんにこっそり会いに行こうと思っていたんだよ。」
「、そうか。」
「うん…迷惑、だったら言ってね。」
「そんなわけ、ないだろ。」
「うん。」

まだ、どうしてもぎこちなさは残る。

私たちの関係が変わったあの日、
三郎次くんは私に謝ってくれて、私はすべてを理解して、
わたしたちは俗に言う恋仲になった。
確かに関係性は劇的に変わったけれど。私は三郎次くんと、左近みたいになんでも言いあえる仲になったわけじゃない。私には三郎次くんに見せていない私がたくさんあるし、三郎次くんもそうだろう。
ぎこちなさは不安と比例してしまうものだ。

つながれた手はすこしでも力を入れたら切れてしまうのではないかと。私は彼にとって彼の好きな私に成れているのか。どうしても怖くなる。お互いの気持ちはちゃんと確認したはずなのに。おかしな話だ。

かおりは、そんなものでしょ、と言った。最初から不安も何もない恋なんて恋じゃないわ。と。
そうなのか、大丈夫か、とぼやき続けたら、うるさい幸せがうつる!と煙たがれてしまった、けども。


「…花子、ひとつ、いいか。」
「あっ、はい。」

三郎次くんは少し強く私の手を握った。
それだけで胸が締め付けられてしまうのに、更にそのままじっと見つめられて、顔に熱が宿っていく。でも目を背けたくなったのを我慢した。

三郎次くんと恋仲になって、気がついたことが、ある。

「俺は、これから花子を何度も傷つけるかもしれない。もちろん、しないつもりだけど。俺はそんなに器用な奴じゃないってわかってるから怖いんだ。…でも、俺は花子が好きで。それは変わらないんだよ。」

三郎次くんは、たまにぶっきらぼうで、照れからか私に対しては比較的寡黙な人だ。
けど、大事なことはきちんと言ってくれる。

あの日三郎次くんは、私を好きだと言った。
優しい私が好きだと。
だから私は、これでいい。

私は、ちょっぴり意地悪で、まじめで、まっすぐな三郎次くんが好きだ。
三郎次くんも、それでいいのだ。

正解も不正解もそこにはないけれど。
いいんだと思う。


「同じだよ。私も。変わらない。三郎次くんをたくさん困らせるかもしれない。だけど、一番大事なことは変わらないの。」


私も、三郎次くんにすべて言おう。

不安だらけだ。いつだって。誰だって。
その不安をふたりで分け合って歩いていけたら、どんなに素敵だろうか。
どんな不安だって、私たちの間をつないでくれるのだ。
そんな風に、三郎次くんの隣に立っていたい。好きでいたいのだ。


「三郎次くんが、すきなんだ。」


好きと好きがつながって
温かいなにかが、私たちを取り囲む。




三郎次くんの繋がれていないほうの手がすうっと伸びて、私の髪の毛に触れた。

「…結紐、つけてくれてありがとうな。」
「うん、気に入ってるんだ。ありがとう。これね、ずっとつけてたらこの間左近にからかわれたよ。」
「俺も言われたよ。」

くすくす二人で笑いあう。お互いにからかう左近をすぐに想像できたのだと思う。
わたしたちの関係を一番に祝福して、よろこんでくれたのは左近だって知ってるから。

「三郎次くん、今度左近と三人ででかけようね。」
「ああ。あいつすぐ拗ねちゃうから。」


な。


言いながら、こちらを振り向いて笑った三郎次くんの笑顔が私のなかに焼きついて、
またひとつ、私は三郎次くんを好きになる。

Fin.

2012/06/09


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