小説 | ナノ

―――、


(叫び声みたいな音が私の鼓膜と手を振動させる。
ぐらぐら揺れて揺さぶられて。

沸き上がる興奮に耐え切れず、体を丸めた。)



ふんふわした綺麗な髪をゆらして、眉を下げて笑う
そんな三反田くんは、目立つほうではないけれど素敵なひとだと思う。

ふいに三反田くんに関する話題になった時、私はなるたけ興味なさそうにへえと返して、まぶたを半分閉じることにしている。煌めく視界を鎮めるために。
だから彼の名前が出るたびにわたしがそわそわしていることには、だれも気づいていない。もちろん、三反田くんも例に漏れず。





(屈んで興奮を抑えているうちに、喚きっぱなしだった声がコオ、とくぐもった叫びに変わった。もうそろそろすべて混ざっただろうか。
振動を停止させてみれば、当然ながらぴたり声はやんだ。

顔をあげふと視線を作業台に移せば、その煩雑さが目に付く。
こぼれた水、ビニールくず、使い終わった器具類…ちゃんと片付けなきゃ。
開いたままの小麦粉に手を伸ばして袋の口を思い切り閉ざせば、白い粉雪が上ってうっすらと台に降り積もった。

料理のできる女の子は片付けることも上手なのだ、そんなつまらない噂を何故か思い出して、ため息が漏れた。)






三反田数馬くんはお菓子が好きらしい。
もちろんこれは、私が直接彼に聞いた話ではない。

耳に入ってしまった、情報だ。



「数馬、きいたぞ。」
「何が。」

ある日の掃除終わり、教室のゴミを捨てるために収集場にきた私は、三反田くんの名前と声を聞きつけて反射的に足を止めた。

「女子に手作りの菓子貰ったんだろ!」

外から大きな声―おそらく隣のクラスの神崎くんだ、が響いて私の耳を通り抜けた。同時に緊張と冷たい興奮まで一気に体を駆けて私を硬直させた。

「ああ、うん。なんで左門が知ってるの。」
「藤内に聞いた!」
「ちょっと藤内。」
「ごめん数馬。」

今度は浦風くんの声がした。浦風くんは、絵に書いたような理想男子で男女問わずみんなに好かれる人だ。でも、今の話の内容は、そんな浦風くんのことじゃなくて三反田くんのことで、つまり、

「で、数馬はどうするの?」

―三反田くんは、彼を好いている女の子からお菓子をプレゼントされたのだ。

理解した途端まるで歩くことを忘れてしまったかのように足が動かなくなる。呼吸がうまくできない。そのままその場で砕けるかもしれない恋心と一緒に私はただ立ち尽くした。
三反田くんはちょっぴりついてなくて目立たないけどまじめで、やさしくて。きっともちろん、彼を好いている女の子だっているにきまってる。だからそれは当然のこと、なのに。

「…お菓子好きだから、嬉しかったよ。改めて御礼は言わないと。」

少しずれた三反田くんの答えに対して、浦風くんは何も言わなかった。
緊張の糸がふつりと切れて、思わずへたりこんでしまいそうになる。

「なあなあ菓子うまかった?」
「うんとても。すこしだけ甘かったけどね。」

そして気がつくと、声はすぐ傍までやってきていていた。彼らの目的地もこのゴミ置き場であるらしい。
しまった、と焦り出した時には既にふわふわの髪の毛が視界に入っていて。

「あ…花岡さん。」

ばっちり顔もあわせてしまって、三反田くんに声をかけられて

「さ、三反田くんって、お菓子すきなんだね。」

頭のまわらない私は、気がつけば驚いた顔の三反田くんに言葉を投げかけていた。





(細かく砕かれてなんべんも混ざり合って、できたドロリとした液体を型に流し込む。最後のひと掬いまでかっきり取りきる。細かい粒までぜんぶ詰め込みたいから。
型を床に叩きつけると、衝撃で生地が慣れる。滑らかな表面になったものを密室へと送り出せば、あとは待つだけ。
待つ時間は、期待に胸躍る、全てができるまでの最後の時間。我慢できずついつい途中で扉を開けてはいけないのだ。)





三反田くんは、一瞬固まってすぐに眉を下げて笑った。

「うん。」
「でも甘さ控えめが好みとか。」
「うん、当たり。」

三反田くんが目の前にいる。三反田くん、が私と、会話している。目の前がチカチカ光る。なんとか会話になっているだろうか。顔は真っ赤じゃないか。

「そっか、わかった。」

でも結局私は何を言いたかったのか全くわからないまま話を締めくくった。私としては三反田くんの情報がひとつ増えて本人に確認もとれたから収穫としては十分なものだけど、向こう側からすればすこぶる無意味な会話であっただろう。

「…ねえ花岡さん、今の会話に深い意味とか…あったりする?」

なんてね、ごめん。なんでもない。

私が言葉を返す前に三反田くんは続けてそう言って、一人で会話を終わらせた。私は湧き上がる熱をこれ以上無視できなくて、早足で三反田くんの横をすり抜けた。そのあと後ろでものすごい音がしたからきっと三反田くんが滑って転んだんだと思う。三反田くんの行動なら、私だいたいわかるもの。でも、気のせいでなければ、その前に私を呼ぶ声が聞こえたはずで――


深い意味、か。
深い意味なんてないけど深い意味をつけ足せるものならつけ足したいと思った。勘違いでもなんでも可能性があるのなら。







オーブンの扉を開けると、すぐに熱気と匂いが部屋に充満した。本当は匂いさえも逃がさずに閉じ込めたいけど、こればっかりは無理だから仕方がない。

ケーキの甘さはレシピより少なめにした。お菓子も凝ったお菓子じゃなくて、混ぜればできる簡単なお菓子だ。先ほど振動しながらぐるぐる砕けてぶつかって、きっと全部混ざった。三反田くんにお菓子をあげた子への嫉妬心だとか三反田くんの話題が女子の間で上がらないことへの安心感だとか、いろんなずるい感情も混ざっている。でも、きっとこれが私の三反田くんへのきもち全て。
もう多少おかしくなってきているんだ。三反田くんがすきすぎて。私の全てが三反田くんで構成されているんじゃないかと疑いたくなるほどに。


きれいにラッピングすればできあがり。
ただ混ぜただけの、ケーキです。


待つのは嫌いじゃないから絶対返事の催促なんてしない。
でもただ見るだけにしておこうと思った感情を急かしたのは、期待させたのは三反田くんだから。

砕けてまぎれたわたしを。どうぞ召し上がれ。

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