小説 | ナノ

もう来なくていい、と言うと、花子はきょとんとした顔で首を右に傾けた。

「え?だって、保健室のお手伝いはひと月の約束だよね?」
「いいんだよ。もうお前に用もなくなったから。」
「私がいなくて寂しくない?」
「誰がだ?」
「はーあ。期待してなかったけど。」

口をとがらせる花子を見るとため息が出てくる。全く、この雑用だって、お前のために僕がわざわざ仕組んでやったんだぞ。…まあ、あまり意味なかったけど。

「で三郎次とはどうだ。」
「ど、どどどうって…」
「その結紐、最近ずっと付けてるな。どうしたんだ。」
「こここここれは、その、」

お前は鳥か。
どもって真っ赤になっているからまあうまくいってるんだろう。何よりだ。

左近左近と毎日のようにやってきては池田くんが池田くんがとやかましく騒いでいた頃が懐かしい気さえする。今では花子の一番は三郎次で、三郎次の一番は花子なのだ。

それがなんとなく、なんとなくだけど寂しいような気がしてしまって、僕は頭を大きく横に振った。寂しいだなんて、そんなこと考えたくもない。

富松先輩も三郎次も花子もみんな僕から離れていく気がする、なんてそんな馬鹿なこと。


「左近。」
「なんだ。」
「ありがとう。これからも、よろしくね。」


不意をつかれた。

僕は相当、変な顔をしていたかもしれない。

「フン。」

予想外の事態だとか、嬉しい時だとかに限って、素の性質が出てしまうところはちっとも直らない。鼻を鳴らして目線を逸らしたが、花子が笑っているのはなんとなくわかった。でも腹立つことに花子は、こういう時に限って僕をからかってこないんだ。

「…ねえ、今度三人で街に行こうよ。」
「また何か食いに行くのか。」
「失礼だね、それだけじゃないんだから!」


今日はなんだか暖かい日だな。

僕の名前を呼ぶ花子の声が温もりと混ざって、膨らんでそのまま空気に溶けていった。

「そうだな、行こう。」

僕が入っていいのか、なんて聞く必要なんてない、そうだろ。





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