「きれー、」
彼女はそう言って手を夜空に伸ばした。
伸ばされた手はふらふら暗闇をさ迷って、宙をつかむ。
「あの星を手に入れられたらわたし、なにも要らないよ。」
ぽつりと彼女が呟いて、ちらりとこちらを見たようだ。僕はなにも答えなかった。
「数馬、何気どってるんだって思ったでしょ。でもホントだよ。だって、あんなにきれいなんだよ。いいなぁ、お星さま欲しいな。」
「お星さま、かあ。」
そうだね、きれいだね。
そうぼんやり返答しつつも僕の意識はずっと別のところにあった。
―その星を手にいれたところで、いったい何が変わるっていうの。
きっと実際は何も変わらないんだよ。君が想像するような劇的な変化だとか感動だとかはきっと直ぐに薄れるだろう。手に入れたらそれはもう絶対、欲しかったこの星の存在とはかけ離れた存在になってしまう。眺めるだけにしておけばよかったのだとその時にやっと気づくんだ。
ね、現実っていうのはきっとずっと厳しいんだよ。
「ちょっと数馬、ちゃんと聞いてないでしょ。」
「聞いてるよ。じゃあ藤内の気持ちよりもお星さまが欲しいの?」
「な、なんで浦風くんが出てくるの!…そりゃ欲しい、けど。今はそんな話じゃないでしょ!」
そう言って、彼女は赤いであろう顔を俯かせた。
ああ、ほら。
僕の心はひどく正直であるらしい。途端に気分が重くなった。
僕はただの彼女の友達だ。
そして彼女は藤内が好きだ。
「数馬の、意地悪。」
「ごめんごめん。」
口をきゅっと結んでどこか寂しそうに地面を見つめている君は、果たして僕の気持ちの込められていない謝罪に気がついているだろうか。
先程の彼女のように空を仰いでみた。無数の星たちが自身の存在を主張するように光を放っている。ああ、きみはこの美しい輝きを傍に置いておきたいのだろうな。思わずほうっと感嘆の息が漏れた。
ねえ僕もね、欲しいんだ。
きみの気持ちが欲しくて欲しくて堪らないんだ。知ってた?
でもきっとそうなんだ。
僕が望んで君の気持ちを手にいれたところで、それはもう君の気持ちじゃない。
残念ながら、本当に欲しいものっていうのは、望んで手に入れた瞬間に欲しいものじゃなくなってしまったりする。
願いを無理に叶えたところで、結局根本は変わってくれないのだ。
「…人の気持ちなんて、手に入れられるものじゃないしね。」
彼女の寂しそうな声が優しく響く。
その通りだ。ほんとう良かったよね。
だから僕らは過ちを犯さないでいられるんだ。
ただ、目の前の寂しさと戦うだけでいいんだよ。
「そうだね。」
それだけ呟いて、僕はしずかに彼女の頭に手を乗せた。
12/02/07~12/03/15(三反田)
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