小説 | ナノ

池田くんは、かっこよすぎると思う。
どうしてそんなにかっこよく生まれてしまったのか、詳しく問い詰めたいほどかっこいい。

…なんてまあ、言ってみたところで詳しく問い詰めるなんてこと私にできるわけもないのだけれど。なんせ彼と私は接点も何もないどころか、話したことすらないのだから。
もしかしたら顔見知り程度には認識されている、かもしれないけど。これまた希望的観測でしかない。もし認識されてなかったとしたらショックだなあ…
とにかく私と彼はそんな風に、町でばったり出くわしてしまったら同じ学園の人だと気づいて会釈する、その程度の薄い薄い関係なのだ。

そんなふうに彼にとっての私は、「良くて顔見知りポジション」であるだろうが、私にとっては池田くんに始まり池田くんに終わる学園生活といっても過言ではないくらい、池田くんは大きな存在なのである。

そんなかっこよすぎる彼は今日も外で自主練をしていた。今日も一等輝いていた。

「左近、池田くんがイケメンすぎて苦しい。」
「勝手に苦しんでろ。」

これ以上ないくらいのメンドくさそうな顔で左近が振り向く。おおひどい。

「冷たいなあ左近ちゃん。」
「僕にどうしろっていうんだよ。」
「花子ちゃん、大丈夫?とか。わかる、とか言ってくれるかと思って。」
「花子ちゃん頭大丈夫?」
「コラコラ。」
「まー確かに池田はイケメンだよなぁ。」

池田くんの近くではいつも先輩のくのたま達がきゃあきゃあ言っているし。友人の左近も、もはや誰もが認めるイケメン。池メン。それが池田くんだ。

「…先輩のとりまきもいるんだもんね〜さすが池メン。」
「あいつは嫌そうだったけどな。」
「そーなの?ま確かにそういうのイヤそうだよね、池田くんは。」
「俺のことなんて知らずに顔だけ見てよってくるのが腹立つってさ。」
「…あらまぁそう。」
「ショック受けたか?」
「そういうことよく平気で私に言うよね。」
「悪い…でも、お前はそいつらとは違うよ。」

え、と思って左近に向き直れば。

「お前の本気くらいわかるからな。」

にやりといやらしく左近が笑った。

「…左近、ちょっとカッコいいじゃん!」

ばしばし左近の肩をたたきながら頬の赤みをごまかす。く、ば、バレてる。本気で好きなことが左近にバレてる。

「ふん。」
「照れてる〜左近がデレた〜」
「お前顔真っ赤だぞ。」
「…」
「気がすんだら出てってくれな。保健室もそんなに暇じゃないんで。」
「へ〜い。気が済んだよ。ありがと左近。」

まあなんだかんだ言っても、左近はいいやつだ。





保健室を出て、とぼとぼ歩きながらぼうっと考える。

私と池メンとのエピソードは限りなく少ない。
ぜんぶ私の一方通行ばかり。

(でも、)
知ってる。あなたがとっても優しくてちょっと不器用なところ。




――その運命の日は良い天気で、私は木の下で本を読んでいた。
なんて文学少女な私。ふふふ。なんて考えながら。

「いけいけどんどーん!」

いつもと変わらぬ声が響きわたる中、粉塵をたてて門をくぐる七松先輩の後に、足取りのおぼつかない体育委員が続くのが見えた。
その列の最後に足を引きずる一年生と、それを抱える二年生の時友くんが入ってきた時は驚いた。

(あ、足、怪我?)
おもわず立ちあがって駆け寄ろうとすると、「しろべえっ」と声が聞こえた。
思わず立ち止まる。

「ろじ…」
「ばかっお前ら!だいじょうぶかっ」

それが、池田くんだった。駆け寄った彼は怒りながらも、優しい手つきで二人を支えだしていた。それを見て何故かじんわりと、温かさが生まれだしたのだ。

「僕は大丈夫だから、先に金吾を、保健室に。怪我してるんだ。」
「…わかった。お前も、あとで運んでやるから。そこにいろよ。」

無理したら怒るからな!と言いながら、金吾くんという子をおぶっていく池田くん。
池田くん、いつもぶすっとしていてなんとなく冷たい印象だったけど、
(やさしいんだ、なあ)
そんなことを思いつつ、私は動こうとする時友くんに駆け寄ったのだ。
時友くんを長屋に送るときに顔の赤さを指摘されて、すぐに池田くんのせいだと気がついた。

それが、はじまり。

そこから池田くんを目で追うことが多くなった。
下級生にちょっかいかけて、厳しいことも言うけれど。ちゃんと周りのことを考えてて、本気で頼れる。
それが池田くんだ。
話したこともないくせに、気がついたらどうしようもなく、すきだった。

池田くんが、イケメンじゃなかったら良かったのに。そう思うこともあった。でもその整った顔も池田くんであることに変わりはなくて。
私はたぶん今、池田くんの全てが愛しいのだ。

池田くんが隣で笑ってくれたらと、願ってしまう、けれど。

左近の言葉をふと思い出した。顔だけみてよってくるのが、腹が立つ。か。
たぶん私は、池田くんにとって。池田くんを何も知らない腹立たしいとりまきのひとりなのだろうと思うと、ひゅっと胸が冷える。呼吸がし辛い。

池田くんに迷惑をかけないようにひっそりと想ってはきたつもりだ。
でも知らず知らずのうちに、私は、

「…嫌われていたのかなぁ。」

思わず出た声と一緒に、小さくため息が漏れた。




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