まずい。本格的にこれはまずいぞ。
立花先輩に頼まれた仕事をすっかり忘れていた。なんとか先輩が来る前に片付けなければ何を言われるか、最悪何をされるかわからない。
必死に紙とにらめっこをして、ブツブツ言葉をつぶやきながら作業に没頭していると、ずしり肩が突然重くなった。思わず「ウッ」なんて可愛くない叫び声をあげてしまう。
「花子先輩、カエルみたいな声をあげて、何しているんですか。」
飄々とした声は私のすぐ耳元でした。重量感の正体を知って、私は無意識にひとつ溜息をつく。
「見てわかるでしょ、立花先輩に頼まれた書物の整理よ。」
「どうして今更そんなことをしているんですか。」
「…」
「あ、忘れていたんですね。」
ぬうっと顔を寄せて私を見上げ、同じ作法委員の後輩である綾部はぬけぬけとそう言ってのけた。
「うるさいわね。ええそーよ。わかったら邪魔だから退いて。重い。」
「重いですか?」
「重いって言ってるでしょ。早く。」
苛立ちながらそう言うと、綾部は何を思ったのか私の肩に乗せていた両手を私の体の前で交差させ、さらに体重をかてきた。
突然密着してきた綾部の体を押しのけようとするも全く動かない。動揺が広がる。
「ちょ、ちょっと綾部!聞いてるの!?」
「すごく重いですか?」
「退きなさいって、」
綾部は無表情に、だけど楽しそうにこちらを見る。
いけない、これじゃ綾部のペースだわ。ぐっと言葉を飲み込んで、私は何もなかったように作業を続けることにした。
黙々と作業を続け、集中してきた辺りで、綾部はさらに前のめりになって体をあずけてきた。
綾部の首がこてりと私の肩にもたげて、サラサラの髪の毛は私の胸元でしなやかに揺れる。
「先輩、」
「…んー」
「重く、ないですか。」
「そりゃ重いわよ。綾部も私の背なんて越しちゃったし。ま、でもこのくらい体重かけられたって作業ができないわけじゃないから。」
何でもない風にそう言ってみせる。正直、肩は重くて仕方がない。でも認めたら余計に綾部は面白がるだろうから、我慢して答えた。
「ねえ花子先輩、本当は重いんでしょう。」
「ヘーキよ。」
「どうして。」
「そりゃこのくらい平気じゃないと。」
「僕の体はむかしよりもずっとずっと重くなっているのに。」
綾部の声の調子が変わった気がした。その変化に反応してすこしだけ身構える。
「せんぱい、僕、すごーく重いでしょう?なんでだかわかりますか。」
さあ、と私は何も知らないというように作業を再開する。
綾部は私から離れない。ぐっと私の首に巻きついて、ひたすらに私に体重をかけるだけだ。
「僕が四年間かけてためてきた、重みだからです。花子先輩、受け取ってくださいね。」
ぐっと締め付けられた体は手の自由を奪われて、綾部の重さを支えきれずにぐらりと傾いた。
そのまま、大きくなってしまった体の下敷きになった自分の体はぴくりとも動かない。胸が圧迫されて息が苦しい。
「綾部、凄く、重いよ。」
とうとう観念してそうこぼすと、綾部はそうですか、と満足そうに笑った。
愛をどうぞ
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