小説 | ナノ

「どうしたの、またボーっとしちゃってさ。」

見上げていた青空に、突然見慣れた顔が飛び込んできた。

「かおり…」

なんでもない、と続けようとするも言葉が出てこない。かおりはそんな私の肩をぐっと掴んできた。驚いて、すこし真面目な顔をした友人を見据える。

「自分で花子の決めたことに何もいわないって言った手前さ、私から言うのもって思ってためらってたけど…そろそろ限界。」
「え?」
「花子、無理に諦めるのって私すごく嫌いなの。池田が好きならサッサと砕けてきなさい。」

じっと私の目を見て、強い口調でかおりはそう言った。

「ウジウジしてるくせになんか強がって私強いですからーって風に無理に頑張られるとね、腹立つのよ。」
「あら…かおりちゃん今日は一段と私にキツめですのね。」
「ええ、ええ。キツーく言ってあげるわ。」
「わああやめてー!私のハートはもうぼろぼろなの!」
「そんな口が聞けるなら平気ね。花子が一番ボロボロな時は無理する時だから。」

それを聞いて、一瞬何もしゃべれなくなった。
言葉に詰まって、ぐにゃりと曲がりそうになった顔は強い力で横に引っ張られる。


「ほら、何また泣きそうになってんのよ。笑え笑え。」
「ひゃっひょっ!ほっへ、ひはいひはい!」
「おうおう、可愛い顔だ。これならツンツンした池田だって落とせる。」
「やっめてよ顔引っ張るの!かおりのバッ、カ…」
「また泣いて。泣き虫だな花子ちゃんは。よちよち。」

乱暴にかおりの胸に顔を押し付けられて、ぐるっとあたたかいものに囲まれた。
どうしてかばかみたいにみんな優しいんだ。私もほんとうに、みんなにとってのこんな存在に成れているっていうんだろうか。だめだ、自分のことのくせに、自分のことが一番わからない。

ああわからないから仕方ない。今はただ感情のままに泣こう。そしてすこし落ち着いたら、私の大好きなみんなを信じよう。それがいい。






* * * * *





「さーこーんーちゃん!」
「本当にお願いだから黙ってくれ。」
「いくら左近ちゃんのお願いでもそれは…」
「帰れ。」
「まあまあ夫婦漫才はそれくらいにして」
「やだっ夫婦なんて!伊作先輩!」
「伊作先輩。鳥肌が立つので本当にやめてください。」
「私左近ちゃん大好きなんですけど、そういう意味じゃないっていうかで〜」
「殴っていいか。」
「ほら、花子ちゃんも左近も。騒いでないで薬草集めるよ。」

三反田先輩の言葉に苦笑いをして、私たちは薬草を集めるべく周囲に散らばりだした。今日は例の保健委員のお手伝いにより、裏山まで薬草集めにやってきた。こういった作業は宝探しみたいだから嫌いじゃない。それに、自分の気持ちの整理がついたこともあって、今の私はルンルン気分だ。薬草をホイホイと籠に入れていく。
夢中になって下を向いたまま集めていると、ぬっと青白い顔が視界に飛び込んできた。

「からあげ先輩〜」
「ああ、なーに?伏木蔵くん。」
「今日はなんだか楽しそうですね〜。」
「わかる?あのね、今気分いいんだー。」
「富松先輩とうまくいってるんですかあ?」
「へ?」
「恋仲なんですよね?」

驚いて目を見開くと、伏木蔵くんはきらきらとした笑顔をこちらにむけていた(わくわく、という効果音がぴったりだ)。
噂っていつの間にかたくさんヒレをつけてくるから怖い。

「残念でしたー違いまーす。一体その話、誰から聞いたの?」
「誰からって、みんな知っていますよ。今更嘘つかなくていいですよお。」

うん?ちょっと笑えない。みんなって、どういうこと?
やっと池田くんを好きでいようって決断できたのに?
既に池田くんに勘違いされている可能性、が?
笑顔がだんだんと乾いていく。嘘でしょ…

「…ちょっと、話そうか伏木蔵くん。」
「なんですかあ。すごいスリルの予感〜」
「いや、スリルというか、「どこだー!!!」

その時どこからか声が響いたかと思うと、混乱しだした私の目の前の林から突然人が現れた。学園内でよく見る顔だ。
縄で繋がれた緑色の装束の二人。間違いない。有名な方向音痴な先輩たちだ。

「うわあ…」

後ろから三反田先輩の悲痛な嘆きも聞こえる。

「おっ、数馬!それに保健委員。」
「何をしているんだ、こんなところで。」
「すみません、失礼ですが先輩達は何をしていらっしゃるのですか?」
「何って、学園に帰る途中に決まってるじゃないか。」

私の問いかけに当然というように返してくるお二方。
今日も保健委員会はいつも通り不運なようです。




さらに山奥へ進もうとする先輩達を引っ張って、摘んだ薬草を抱えて。私たちは学園へ向かって歩き出す。途中勝手に走り出した迷惑極まりない先輩達と勝手に穴に落ちた不運極まりない保健委員の方々のお力も手伝って、学園に着いたのは日もとっぷり暮れた頃だ。

疲れた顔で学園に戻ると、こちらに気がついた富松先輩がすぐに駆け寄ってきた。

「保健委員…大丈夫ですか?」
「はは、なんとかね。途中であの二人に会ったから時間くっちゃって。…作兵衛いつも大変なんだね。」

伊作先輩の疲れた返答に対して富松先輩は顔を歪めて、何度も何度も謝り倒しだした。大変に気の毒である。

「作兵衛、何お経みたいに謝ってんだよ。」
「さ、ん、の、す、け…お前らのせいだよおお!」

飄々とした次屋先輩と大変なことになっている富松先輩に三反田先輩がなだめにかかって。また走ろうとする神崎先輩は既に縄で繋がれて。ぎゃあぎゃあと騒がしい。
その騒がしい目の前の緑色集団の向こう側に、ぼんやりと人影が見えた。じっと立ったまま動かない人影。
暗くてよく見えないけど、なんとなく、池田くんに見えた。

「三郎次か?」

左近もきっと私と同じところを見ていたのだろう。後ろからその人影を呼ぶ声が聞こえてきた。しかし人影は、言葉を発することなくその場で立つだけだ。
池田くん、なの?


「数馬、こいつらを頼む。」
「はいよ。任せて。」

富松先輩の言葉を合図に、三反田先輩が縄で繋がれた二人を引っ張っていく。喧騒がだんだんと遠ざかって。あっという間にしいんと静かな空間になった。私の瞳は相変わらず人影をとらえたまま動いてくれない。

「さて…と。"花子"。心配したぞ。」

そのせいか、突然ぽんっと振ってきた富松先輩の言葉で、私が呼ばれたのだと最初は気がつかなかった。富松先輩の名前呼びは実習の時以来だ。驚いてそちらに意識を向ければ、ゆっくり富松先輩がこっちへ近づいてきた。一歩、二歩、三歩。私の頭は混乱を続ける。富松、先輩?


「花岡っ」



そのときは私の耳が都合の良い音を聞かせたのだと。

絶対にそうだと思った。



でも富松先輩の足は確かに止まったし、向こう側にいた人影が動いてこちらに走ってくるのが見えたから。
それは本当に本当に、私が好きで好きでたまらない人の声なのだとやっと理解できた。
近づいて来たのは確かに、緑色の髪の毛で左近と同じ色の装束の池田くんで。

私は久しぶりに池田くんとしっかりと目を合わせた。


「池田、くん…?」
「なんだよ池田。」
「別にあなたに用はありませんけど富松、サン。」
「おめえ、この間言ったろ、」
「そんなこと、俺には何も関係ない。」

池田くんが手を伸ばせばそこにいる。心臓が爆音を刻む。だめだ、すき。池田くんがすき。言うなら、今だ。
言ってしまえ。

「花岡、」

私を呼ぶ池田くんの目は悲しそうにも見えた。そんな姿も全部私をおかしくさせるだなんて、そんなことはいいから。乾いた喉から息を吐け。音を乗せろ。言葉をつなげ。さあ、


「…っけだ、くん、」
「好きだ。」

「…好きっ…え?」


私を纏っていた緊張感がぷっつんと弾けて、全身から何かが爆ぜた。
あたりは真っ暗なはずなのに池田くんの顔だけ何かに照らされているみたいに鮮明に私の目に焼きつく。
池田くんは、すこし口を開いたまま、じっと私を見つめていた。お互いに何も言葉にできなくて、でも目をそらせなくて。目から池田くんの気持ちも私の気持ちも読み取れたらいいのに、と思った。わからないものがたくさんあって、何がわからないのかわからない状態で、でも心臓だけは相変わらず凄い音を刻んで。

でもとにかく私は言葉で表せられないほど幸福だった。





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