小説 | ナノ

「花子ちゃん、甘酒いる?」
「要りません。作業中ですので。」
「そっかあ。あったまるのになあ〜じゃあ、終わったら一緒に飲もうね。」
「まだ終わりそうにないので手伝う気がないのならさっさと退散していただけますかタカ丸さん。」
「もう、つれないんだから。」

薄暗い焔硝蔵のなかに、白い湯気と微かな甘い香りが漂う。そんなの持ち込んで。火薬がしけったらどうするんですか。ともう3回は言ったのにどうやら甘酒の持ち込みをやめる気はないらしいので、いい加減私はタカ丸さんに注意することをやめた。久々知先輩の苦笑いにも気がつかないふりをすることを決めた。

「花子ちゃん、もっと肩の力を抜いて作業したほうがいいよ。僕とお話ししながらとかね。」
「えーっと、これは土井先生に報告しなきゃダメか。」
「ひどいなあ無視だなんて。」
「ひとつ、ふたつ、」
「ねえ、寒いね花子ちゃん。」
「ひとつ、」
「寒さってさ、実は暖かさのためにあるんじゃないかって思わない?」
「ふたつ、」
「寒いときの暖かいものって、本当に幸せな気分にさせてくれるよね。」
「…」
「寒いでしょう?こっちに来なよ。そんなストイックに自分を抑えなくてもいいのに。」
「みっつ。」
「花子ちゃん、さっきからおんなじところばっかり数えてない?」
「うるさい、です。誰のせいだと思ってるんですかっ」

大声で振り向けば、ふふふ、と悪びれもなく笑うタカ丸さんがいた。
しまった、振り向いてしまった。完全に無視しようって決めたのに。

「花子ちゃん、」
「黙ってください。」
「花子ちゃん、僕が嫌い?」

本当やめてほしい。
私がタカ丸さんを嫌えないこと、知ってるくせに。

「このままうるさくするのなら、嫌います。」

ふいっと視線を火薬に戻して小さなウソをつくと、すこし甘い香りがした。視線に入るのは鮮やかな髪の毛。かじかむ手は突然の暖かさに震える。鈍くなった感度がじんわりと戻りだす。

「…なんですか。」
「花子ちゃんやっぱり手冷たいね。」
「ちょっと、タカ丸さん。」
「ねえ、僕あたたかいでしょう。」

私の体はタカ丸さんにすっぽりとつつまれて、手はタカ丸さんのごつごつした手で覆われた。
確かに、あたたかい。

「そんなに自分を抑えなくても、僕は花子ちゃんを待っているのになあ。」

私が泣きそうな目でタカ丸さんを見上げると、タカ丸さんはふんわり笑っていた。そして猫みたいな口元で「お嬢さん、甘酒いかがですか?」と呟いた。

温もりのひみつ

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