小説 | ナノ

彼は突然そんなことを口走った。


「どうしたの?」


それに対するわたしの言葉は、一般的にみて至極当然の返答であるはずだ。


「刺そうよ。」
「なんで。」
「いいじゃない。」
「わけわかんないよ。」
「まあるいこのホールケーキに少しずつ穴をあけて綻ばせていくんだ。
「うん。それで?」
「そうしてそのうちに丸が崩れて、」
「うん。」
「まるじゃなくなる。」
「うん。そうだね。」
「それで終わり?かな?」

最後は自信がないのか疑問系でまとめ、勘ちゃんの「ケーキにフォークを刺す儀式」の説明は終了した。

「結局勘ちゃん何がしたいの…?」
「ええーっと…ヤンデレごっこ?」
「…へたっぴ。」
「花子に近づく奴は俺が少しずつ少しずつ、穴を開けて崩してあげるからね。って言う感じの設定だったんだけど。どう?」
「そんなつまらないこと考えて実行しないでいいよ。勘ちゃん、勘ちゃんはただわたしのことずっと考えてくれるだけでいいんだよ?」

勘ちゃんはそこでぶっ、と笑った。

「花子うまい。」
「ちょっと、そっちも乗ってよ。」
「はいはい。ごめんね花子。」
「いいよ、勘ちゃんだいすきだから。ね、いつか勘ちゃんの頭の中、ぜんぶわたしで埋め尽くしてね。勘ちゃん。」
「そうだね。花子。」


勘ちゃんのこたえに私は安心したふうをして、後ろから抱き付く。勘ちゃんの背中の熱を感じる。
あったかい、しあわせ、すき、だから、染め上げてしまいたい。

回した手は勘ちゃんのお腹の前で組んだ。逃がさない、というように。
なんだか思考だけ私から切り離されて、「ふり」だっていうことも忘れて、どんどん奥へさまよっていくみたいだ。私はどうしちゃったのだろう。こういう自分本位な想いの押しつけなんていうのは一般的にみたら忌み嫌われる傾向にあるというのに。

でも、もしも本当に私がどうしようもなく勘ちゃんのぜんぶが欲しくなってしまったら。ホールケーキや、フォークにさえ勘ちゃんをとられたくなくなって、なりふりかまわず勘ちゃんを追い掛け回して想い続けるんだろう。
勘ちゃん、勘ちゃん勘ちゃん、と。

冷静にそう考える自分に
すこし寒気がした。




「花子、とりあえずはやくケーキ食べようよ。」

カツカツと、フォークの背を机に叩きながら子供みたいに勘ちゃんは私の顔をのぞき込む。
私はそこでやっと手を解いて、勘ちゃんから体を離した。

「うん。」
「花子はどのくらい欲しい?切ってあげるよ。」
「待って、私が切る。」

テーブルに用意されていたピンクの包丁をしっかりと握りしめ、私はまあるいケーキに切れ目をいれる。真ん中からざくり。白いクリームが包丁にこびりつく。もう一度ざくり。ざくり。ざくり。


「花子、切りすぎだよ。ボロボロじゃんか。」


だって勘ちゃんが悪いんだよ。

そう言おうと口を開きかけて、でも勘ちゃんがくつくつ「本格的すぎ。」と笑い声と一緒に吐き出したことて、そのまま私は開かれた口から入ってきたつめたい空気をヒュ、とのむことしかできなくなってしまった。

寒気が、した。




ボロボロになったケーキを勘ちゃんはフォークで器用に掬い上げ、「はい。」と私の口もとへよこした。
私は子供みたいにあ、と口を開けて勘ちゃんのケーキを受けとる。

じわりと甘味はとけて、私の舌先で転がる。流れるように固体は私の喉へと滑り落ちて、甘味だけがねっとりといつまでも残る。砂糖に中毒効果があることは確かに頷ける事実らしい。もっと、欲しい。
私はまた少し口を開けて勘ちゃんにおねだりする。

「しょうがないなあ、花子は。」
「うん。しょうがないからちょうだい。ちょうだい。」
「それは、ごっこ遊びの続き?」
「…ちがう。」

そしてまた一口、ケーキは私のからだにとける。



「美味しい。」
「良かったね。」

口に入ってしまえば、みんな一緒だもんね。


勘ちゃんはゆったりそう言って、私の口元にまたケーキをよこす。
わたしは、少しだけまぶたを閉じて受け取る。潤んだ目元を見られないように、でもしずくが落ちないように気をつけながら。
涙を引っ込ませて口の中の甘い愛を飲み込んだら今度は私が勘ちゃんに愛を届けるよ。すきって言うからいつもみたいに笑ってね。まだ遊びの続き?なんて野暮なこと言ったら承知しないから。

(重い愛のかたちについて)
ホールケーキに一本ずつフォークを刺していこう

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