小説 | ナノ

「花子久しぶり!」
「ほんとだ花子久しぶり〜元気だった?」
「元気だよ!見てのとおり。みんな見ないうちに可愛くなって!」
「花子、ぜんっぜん同級会に来ないからどうしたかと思った。」
「ごめんねえ。予定いっつも合わなくて。」

懐かしい小学校時代の顔ぶれ。もう昔とはすっかり変わって大人になってしまったみんなはそれぞれの人生を歩んでいるようだ。久しぶりで不安だったけど、やっぱり同級会に来てよかった。

周りを見渡しながらグラス片手に歩き回る。すると視界の端に懐かしい顔が入った。

「…三郎次?」
「あ、もしかして花子か?」
「うん、久しぶり。」
「本当にな。お前全然顔ださないからわかんなかった。」
「元気?」
「ああ。俺も左近たちも元気だ。四郎兵衛には、会ったか。」
「時友、来てるんだ。」

懐かしい記憶の波から、ボケっとした顔を引っ張り出す。
時友、か。小学校時代はずっと時友を追っかけ回してかまっていた。あいつ、何してんだろ。変わってなさそうだな。

「あいつは毎回欠かさず来てる。会ってこいよ。」
「んー。見かけたら話すよ。」
「今呼んでやるから。」

そう言って三郎次はキョロキョロと時友を探しはじめた。

「ちょっと、今呼びよせるほどじゃないでしょ。別にそこまで時友と、」
「あーいたいた、四郎兵衛!こっち。」

ばっと右手を大きくあげて、三郎次は時友らしき人に呼びかけた。

「三郎次さあ、昔からたまに人の話聞かないよね。」
「なんだ褒めてんのか。」
「どう聞いたらそう聞こえるの。ちょっとかっこよくなったからって調子乗っちゃってサ。」
「やっぱ褒めてんじゃんお前。」
「ナルちゃんの相手は疲れるなあ。」
「花子ちゃん。」

反射的に振り向いた。
にこにこと笑う、時友、らしき人が手を軽くあげて私のほうを向いている。


「と、きとも?」
「うん。久しぶりだね。」
「え?時友?本当に?」
「そうだよ。どうしたの驚いた顔して?」

だって、そこに居た人はボケっと口も開けていなければぼうっともしていない。時友とは似つかない人だったから。

時友が来るとすぐに三郎次は「メシ食ってくる。」と言ってどこかへ行ってしまった。ちょ、ちょっと。
時友は三郎次と入れ替わりに私の横にやってきた。

「花子ちゃんに会いたかったのに、同級会来ないんだもの。」
「なんだかんだで、忙しくて。時友、就職は?」
「ん、こっち帰ってきて、営業マン。」
「決まったんだおめでとう。凄いね営業とか、大変そう。」
「まあ、大変じゃなくはないけど。なんとかね。」
「そう言えちゃうのが凄いなあ。尊敬する。」
「え?」
「え?な、何?」
「いや、花子ちゃんの僕に対する態度が昔と全然違うからどうしたのかと思って。昔は僕のところを引きずり回したり、イタズラしたりとか散々やってたのにさ。いいよ別に、無理しなくて。」

時友はおかしそうにクスクス笑う。そんなこと言ったって。
だってあの時の時友と今の時友はぜんぜん違うんだもの。ひょろっちくてポケッとしてた時友はがっしりとして余裕のある表情を見せる大人になっていた。

「時友が、ずいぶん変わったから。」
「変わってないよ。未だに僕、花子ちゃんが投げつけてきたカエルのおかげでカエルはダメだったりするし。」

そういえば、時友をびっくりさせようと庭からカエルをたくさん集めて、一気に投げつけたことがあったっけ。そのとき時友が目に涙をいっぱいに溜めて必死に叫んでいたから、罪悪感もすごかった。はっきり覚えてる。
思い出してけらけら笑うと、時友は笑わないでよね、と少し膨れた。

「やっぱ時友は時友かあ。なんか安心した。」
「僕はなんか複雑。」
「ね、時友。私フルーツ食べたい。取って欲しいな」
「すぐ遠慮なくなっちゃったね。」

私が差し出したお皿を眉を下げた時友が取ろうとしたとき、横からひょいとそのお皿が抜き取られた。あれ?

「もしかして花子?うわー久しぶり。なんか可愛くなったんじゃない?」
「あー久しぶり。えーっと…」
「四郎兵衛、俺花子の取ってくるよ。」

そう言って、どこからかやってきた男の人が時友にむかって軽く手をひらひらさせた。「どっかいけ」の合図だろうか。
すこし気分が悪くなる。私は時友にフルーツとってこいって言ったんだけどな。きみ、女の子と話すのならもう少し用意周到に準備して思慮分別に進めないとだめだよ。ええっとこの人…名前なんだったかな。申し訳ないけど全然思い出せない。


「悪いけど、僕が花子ちゃんに頼まれたんだ。」

穏やかな笑みを崩さずに、その彼の腕を掴んで引き止めたのは時友だった。私は想定外の事態に何も言えず、昔の時友みたいにぽかんとだらしなく口を開けてしまった。だから「だよね?花子ちゃん?」という時友の問いにも首肯しかできずにいた。
名前のわからない彼は何か言い返そうとしていたけど、時友の穏やかな笑みに押されたのかへらへらしながら「後でね。」と私にお皿を返してさっさと何処かに行ってしまった。後なんてありませんけどね。


「…さ、お皿貸して?」

そしてあくまで穏やかに、時友は私に手のひらを差し出してきた。

「…自分で、取ってくる。」
「どうしたの花子ちゃん。やっぱり遠慮してる?」
「違う…」
「じゃあ」
「時友は嘘つきだ!」
「え…」
「変わってないなんて、うそ。ばかばか。」

時友はあの時の時友じゃない。いつもグズグズ泣かされるくせに花子ちゃん花子ちゃんと寄ってくるあの時友じゃない。

「そりゃ、僕も少しは変わるけどさ。根本はぜんぜん変わっていないよ。」
「だって、今私をかっこよく助けたじゃない。そんなかっこいいのは時友じゃない。」
「酷いなあ花子ちゃんは相変わらず。でも言わせてもらえば、花子ちゃんこそ凄く変わったよ。本当に可愛くなったから僕焦った。」

私はぐっと押し黙る。顔がほてり出す。恥ずかしいじゃんばか。

「そんなこと言うのも時友じゃない…」
「さっき花子ちゃんを助けたのもただの僕のワガママだから。」
「わがまま…って、」
「もっと僕を見て欲しくて。やっと花子ちゃんに見てもらえるくらいには僕も男らしくなった、かなって。」

少し照れて、多分…なんて付け足して、時友は笑った。

「時友は男らしく成りたかったの?」
「う、うん。花子ちゃんに振り向いてもらえるように。」
「振り向いてって…ええ??」
「わわ、間違えた!順番間違えたよ。えと、だから、その、花子ちゃんが僕ずっと好きで、」
「と、ときともが!?」
「そ、それで花子ちゃんに見てもらうために、頼りない男はヤメようって思って。花子ちゃんがそう言ったから。」
「何か言った?わたし?」
「言ったじゃない!三郎次の強引さがいいとか、左近のツンデレさがいいとか、久作のギャップがいいとか!時友は頼りないねえっていろいろ!だから僕…」
「そんなこと、言ったかな…」
「花子ちゃん…」
「ちょ、時友!睨まないでよ!」
「なんだあ、僕なりに頑張ったんだけどな。」

そう言った時友の横顔が、昔の時友と一瞬重なった。懐かしさに胸が熱くなる。

でもやっぱりさっきのカッコイイ時友が何度も何度もちらついて。時友の隣にいるだけで体温が上昇していくのがわかる。なんだかこの部屋、暑い。


「…結果的に、頑張りは成功かも。」
「へ?」
「だってこんなに、…私どきどきしてる。おかしい。だって相手はハナタレ時友なのに…!」
「え、ほほんと!?そうだったらすごく嬉しい…けど。」

目をまるっと輝かせた時友は本当に嬉しそうで、私もつられて笑ってしまった。

「その顔は昔みたい。」
「あ、」
「時友こそ無理しないでいいよ。そんなにいきなり男らしくなったら疲れるでしょ。別に私、グズグズした時友が嫌いな訳じゃなかったんだよ。構ってただけで。」

照れを必死に隠しながらそう告げたら、時友はこちらをわざと覗き込んできた。

「ふふ。花子ちゃんのこと、僕やっぱり好きだ。」
「な…ばばか!」
「フルーツ取ってくる。」


私の「ばか」をかわし、ひょいっとお皿を取り上げて。
時友はさっさと料理のテーブルへと向かってしまった。かっこよくなっちゃってさ。ばか。まさか時友に、押される日がくるなんて思いもしなかった。

時友が戻ってくるまでに、この動悸はおさまってくれるだろうか。
私はひかない熱を冷ますために、つめたいグラスを頬に押し付けた。

瑞々しくつづく

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