小説 | ナノ

どうしても、花岡に会いたかった。会わなければいけないと思った。
左近と話をしてから、その想いは増大してばかりだ。会って…あのときのことを詫びないと。

食堂で会う確率が一番高いだろ、という左近の予想は確かに見事に的中したと言っていい。俺と左近が食堂に入ろうとした時に丁度花岡は他のくのたまと一緒に食堂から出てきた。たった二日ぶりなのに花岡を見るのはひどく久しぶりな気がする。
その顔は以前俺に向けてくれた笑顔だった。すこし、胸が締まる。

「花子。」

そう花岡を呼び止めたのは左近だ。
振り返った花岡の目線は、心なしか遠く感じる。

左近はそのまま淡々と保健委員の雑用に関して説明をし始め、花岡は苦笑いを浮かべだした。
…って左近の奴ホントに雑用させんのかよ。やめろって。花岡にさせるくらいなら俺がやるっての。
…ああでも保健室にいけば花岡に会えるっていうのはちょっといいかもしれない…
ってああ!俺はいつからこんなに打算的な人間に!
左近が花岡に雑用なんてさせるからだ!
全く友達とはいえなんて奴だ。

それでも彼女が左近に向ける表情は恐ろしく柔らかい。
―悔しいくらいに。


そんなことを考えながら俺はひたすらぼうっと花岡を見ていた。見すぎていて、危うくそのまま花岡を見送るところだった。
左近に足を蹴られてやっと俺は自分のするべきことに気がつく。花岡は既に後ろを向いて歩き出している所だった。慌てて声をかける。

「花岡!」


話があるんだ。沢山。


予想以上に俺の声はその場に響いた。チラリ、周りのくのたまが振り返る。
しかし花岡は、ピクリと肩を揺らしたかと思うとそのまま駆け足で行ってしまった。


「あ…」

避け、られた。

完全に。あからさまに。



「、三郎次!」
「…」
「おいっ!」
「イテッ!左近…なんだよ。」
「落ち込むなって。あいつ思い込み激しーんだよ。すぐ戻るからそんな顔すんな。」
「べ、つに落ち込んでねーけど。」
「ハア。ま、さっき聞いたと思うけど今日から花子は保健委員の雑用やるわけ。だから三郎次も顔出せば。」
「は、顔出すって。」
「いくらでも理由なんて作れる。閉鎖空間なら逃げられることもないし。」
「なんか花岡に悪いような…」
「ま、そーいうことだから。早く全部あいつに言ってくれ。あー腹減った。」
「言ってくれってお前。」

えらく軽々しく言うけどなあ。もし許してもらえたとしても花岡の俺の評価はガタ落ち確定だ。一気にマイナススタートじゃねーか。
俺のせいだってわかってるけどさ。
ふう、と小さなため息が漏れる。


予想はしていたはずなのに。
いざ避けられてみるとダメージは相当デカい。あー…なんで俺こんな女々しいんだよ。
でも、花岡は俺のせいでもっと落ち込んでいるのかもしれないんだ。

自分の頬をパンっと叩く。
しっかりしろ、俺!

そう気合いをいれて左近の後を追いかけようと足を踏み出した。


「三郎次先輩、先輩は確かに嫌なやつですけど、自分で自分を痛め付けなくてもいいと思いますよ。」

勢いよく踏み出した瞬間、背後から聞き覚えのある声がした。振り向いた俺の横を、ぞろぞろと一年は組が追い越していく。
って今…俺バカにされたよな?


「ちげーよ!気合いいれてんだ!てか嫌なやつとか言うな!」
「そうだよ、きり丸。先輩に奴なんて言っちゃだめだよ、嫌な先輩でしょ?」
「もー!乱太郎もきり丸も三郎次先輩なんてどうでもいいから早くご飯食べようよ!」

こいつら…
言い返そうとすると、一年は組全員がこちらを向いた。なんだよ。

「はにゃー三郎次先輩はからあげのおねーさんに意地悪するから僕らはきらいでーす。」
「トリカラ先輩優しいのに。」
「三郎次先輩、僕らはただ花岡先輩が団蔵に唐揚げをあげたから言っている訳ではないですよ。あの人を慕っているから行動に出たまでです。」
「庄ちゃんたら、」
「相変わらず、」
「冷静ね!」
「トリカラ先輩ってそういえば花岡先輩だったなあ。忘れてた。」
「ちょっと団蔵がそれでいいの!?」
「あーお前ら!うるさい!なんで花岡とのことお前らが知ってるんだよ!」

声を荒らげてしまったのは、本当にうるさいだけじゃなかったかもしれない。正直焦った。

「なんでって、有名ですから。」

しれっと言い放ったのは伊助だ。

「三郎次先輩より、富松作兵衛先輩の方がですけど。」
「だってからあげ先輩と富松先輩ってこの間の実習で恋仲になったですよね?」
「えー!?そうなの乱太郎!」
「だって保健室でつきっきりだったよ。」
「じゃあ三郎次先輩はさしずめキューピッドじゃないの?」
「うん、そうだね。」
「そうだったんだあ〜」
「良かったね、とりから先輩。」
「じゃ三郎次先輩、僕らランチ食べるんで!」

それだけ言い残してどやどやと一年は組連中は去っていった。

「んだよ…」

苛々よりももっとずっと、気分が悪い。
そうだった。
いちばん大事なことを忘れていた。アホか俺は。
だって、花岡は富松先輩が好きなんじゃないか。






* * *





(…足が重い。)


傷つきに行くと分かっていて会いに行くのは正直辛いものがある。
それでもやっぱり謝らなければいけないのは俺で。
傷つきたくはないけど、花岡にこれ以上避けられるのはもっと嫌だった。

でも、左近はああは言ったが想いを伝えるのはよしたほうがいいな。花岡を困らせてしまうだけだろう。
それに…きっと、俺がダメだ。現実を直視したくはない。
買ってしまった結紐はそっと、しまっておこう。俺が忘れてしまえるまで。



なんとか動いていた俺の足は、保健室を前にしてとうとう動くことをやめた。

あと数歩歩いて、扉を開けるだけでいい。左近に用があってきたと、言えばいい。そのまま乱太郎をからかえばいい。そして、何気なく花岡に話しかけて謝ればいい。いつもの俺でそのまま行動するだけでいいんだ。

(なのに、どうして、俺の足は動かないんだよ!)

思い通りにいかない。苛々する。
思い切りの悪さになんとなく泣きそうになっていると、誰かに頭をどつかれた。


「…った!」
「おめえ、何こんなとこで突っ立ってんだ。」

それは聞き覚えがありすぎる声だった。

「…富松…先輩。」
「ん?なんか名字と先輩の間に妙な間があったのは気のせいか?」
「なんか。用ですか。」

俺はじろりと富松先輩を睨みつけた。なんでよりによって今、この人に会わなきゃいけねーんだ。

「別におめーに用はねえ。俺は、誰かさんのせいで風邪ひいちまった花岡の様子を見に来たんだよ。」

言い方がトゲトゲしい。んだよ。そんなことわざわざ言われなくたってわかってるっつーの。

「お言葉ですけど、花岡はもう大分よくなったみたいなのでもうここで寝てませんよ。」
「でも居るんだろ?声するし。」

チッ。わかってたか。つーか富松先輩が来ると色々メンドクサイからやめて欲しい。

「…おめえこそ、何しに来たんだ?」
「別に、なんでもありません。富松先輩には関係ありません。」
「ある。おめえだって、俺と花岡の噂くらい知ってんだろ。」

知りたくない現実を突きつけられて、俺は動揺する。そんな俺を見て、富松のやつはニヤリ笑った。ああ、もう先輩なんてつけてやるか。

「そういうことだ。あいつにはちゃんと今度謝ってくれよな。間違っても、好いてるなんて言うなよ。」

それだけ言い放って、富松は俺にどっかいけ、というように手を払った。
俺は怒りをなんとか抑え、踵を返して何も言わずに走り去った。
ふ、ざけるな。んだよ。アイツ。


理解してしまった辛さと腹立たしさで頭が沸き立って、感情という感情全てが流れ出ていきそうだ。

なんだ。もう知らねえ。俺が傷つくとか知ったことか。
全部、花岡に伝えてやる。
花岡が避けたって追いかけてやる。富松先輩と恋仲なんて関係ない。そうだろ。
だって俺は花岡が好きなだけなんだから。

そうだ、好きなだけなんだよ。だから、言うだけ言わせてくれ。
笑ってくれなんて、贅沢言わないから。

(それにしても富松作兵衛…ぜってーもう先輩なんて呼ばねえ!)





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