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冬が嫌いだ。



自転だ公転だの知識も何も持ち合わせていなかった幼い頃の私にとって、冬の頃になると世界が急速に暗闇に包まれていく現象は恐怖以外のなにものでもなかった。夜は無であり、終わりであった。夢中になって遊んでいるうちにふと気がつけば、知らないうちに世界が終わりに向かっていることに気がついて、慌てて家まで走って帰ったものだ。
冬はこちらに気がつかれないようにコッソリコッソリ暗闇と言う名の"無"を運んで、私を飲み込もうとしているのだと信じて疑わなかった。

夜がこわい、と言うとたいていの人は少し笑いながら大丈夫だよと言った。何が大丈夫なのか全然わからないしこちらは真剣なのに何故か笑われるしで、私は大人のことをあまり信用しないひねくれた可愛くない子供になっていたと思う。


そんな私の恐怖感を真剣に受け止めて聞いてくれたのが雷蔵さんだった。

雷蔵さんは毎週月曜日と金曜日に、私の住んでいたアパートから歩いてすぐの公園でゴミの回収をしている高校生だった。あれはアルバイトだったのかボランティアだったのかよくわからないが、とにかく雷蔵さんは毎週毎週決まって夕方に公園に現れてゴミを回収していた。私は学校が終わってからその公園に行ってブランコによく乗っていたものだから必然的に雷蔵さんと私の接点はできて、ちょっとずつお話をするようになったのだ。
そのうちに私は雷蔵さんと話すために公園に行くようになった。


その日も雷蔵さんは私の言葉を一字一句聞き漏らさないというように真剣に耳を傾けて、意見をくれた。


「僕もね、気がついたら周りが真っ暗になっていることがよくあるんだよ。そうすると、どうしてかわからないけれどすごく寂しい気分になるんだ。それで同時に怖くもなるんだよ。夜は色々なものが見え辛くなっちゃうからだと思っていたけど、花子ちゃんの言う通り、夜は終わりを運んでくるから怖いのかもしれないね。それにしても花子ちゃんはすてきな世界の見方ができて、すごいなあ。」

雷蔵さんにすごいと言われたとき、私はくすぐったくてでもそれ以上に誇らしくて、つまりとてつもなく嬉しかった。同時に、コウコウセーの雷蔵さんでも夜が怖いのだ、と思うとすこしだけ安心できた。

雷蔵さんと私の時間は、確かにあの時の私の宝物だった。


「さあ、もう夜が来ちゃうよ。おうちに帰らないとね。」
「いやあ。だって、まだ、5時にならないよ。」
「冬は夜を運ぶのが早いからね。ほら、終わりに呑み込まれたくないでしょう。今日はもうさようならだ。」
「…うん。わかった。雷蔵さん、ばいばい。」
「ばいばい。」

そう言って雷蔵さんは最後に必ず、私の頭をぽんぽんと二回軽く叩いた。その手が置かれる瞬間が私はすごく大好きで、離れる瞬間はいつも悲しかった。


冬は私の宝物を早々にとりあげてしまう。
きっとそれも、私が冬を嫌う大きな理由のひとつだった。




私が冬を嫌う最後の理由は、雷蔵さんがいなくなったのも冬であったことだ。

いつものように雷蔵さんとお話をしている途中に、雷蔵さんは「花子ちゃん、大事な話があるんだよ。」と悲しそうな顔で言った。私は幼心にも言われることがわかってしまって、すぐに両手で耳を塞ぎ首を振って目を瞑った。でもちらりと見た雷蔵さんはひどく困った顔をしていて。
雷蔵さんを困らせることもイヤだった私は悩んで悩んで、結局雷蔵さんのお話を聞いたのだ。

「今度、遠くの大学に行くことになったよ。だから、暫く花子ちゃんとはお別れだ。」
「…」
「さみしいよ。」

なんで、ともイヤとも言えなくて私はただ黙っていた。
黙っている間雷蔵さんはただただ、さみしいなあ、さみしくなるなあ。ほんとに。とさみしいさみしいを連発していた。

結局最後まで私は素直にも気丈にもふるまえなくて、ただ雷蔵さんのたくさんのさみしい全部に応えられるように首ばかり縦に振り続けた。






あの時に、
もっと子供らしさを利用して泣きついたり駄々こねるべきだったとか
安心させてあげられるよう笑顔で頑張ってくださいと言えばよかったとか
そんな後悔はない。
あの頃の私は私で必死であったのだ。

でも、ひとつだけ、
暫くとは、どれくらいですかと聞いてもよかったなとは思ってしまう。


今私は、あの時の雷蔵さんと同じコーコーセーになった。あの頃の思い出は色褪せることなく私の中に宝物としてずっと生き続けた。


夜が襲ってくる恐怖感は当時より薄らいだもののまだ存在する。

きっと私はいつまでも暗闇に怯えながら、冬を嫌い続ける。
そこに雷蔵さんの影があるからだ。

冬の急速な日暮れが地球としての現象だとわかっていても
夜が導く終わりは、明日への始まりだとわかっていても
雷蔵さんとはもう会うことはないとどこかでわかっていても

私はこれからもずっと、冬が嫌いだ。

After that...
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