小説 | ナノ

彼女はずっと無表情だった。

ひでー顔だな。
笑っとけって。
何怒ってんだよ。
バーカ。


いつもなら、これまでだったら、そんな言葉が俺の口からぽんぽん飛び出して花子はきっとさらに怒って暴言を飛ばしてくるんだ。
そうだ。それで俺が笑いながら軽くごめんごめんなんて謝るからあいつはさらに怒ってしまいにはそっぽを向く。俺がマズイと思ってご機嫌取りを始めるとあいつはしてやったり顔になって団子が食べたいなんて言う。そして次の休みには二人で街にでかけるんだ。


それでも俺はもう、花子に何も言わない。何も言えないからだ。


将来一緒になる人が決まった。
もちろん、それは花子じゃない。

もう俺は二度とこいつを団子屋に連れていくことはできない。



今日で終わりにしよう、と言い出したのは俺だった。ずるずるしても俺にとっても花子にとっても良くないと思ったからだ。
花子は了承してくれた。が多分、怒っている。




「最後だってのに、なんてつまんなそうなんだ。」

いつもいつも聞いている花子の声が当たり前にその場に響いた。

「…て、思っているでしょう団蔵。」
「いや…俺が、悪い。から。」
「うん、悪い。許さない。」

花子よりも少し背の高い俺を見上げて、花子は俺の襟元を掴んだ。体は引っ張られ、少しだけつんのめる。

「絶対に綺麗な思い出になんてさせない。ずっとずっと、私に対する罪悪感に苛まれ続ければいい。団蔵のなかで、そうやって私が生き続ければいい。絶対に忘れさせてなんて、あげない。」

恨まれることは覚悟していたし、花子のことだからあらゆる罵詈雑言を飛ばしてくるのだと思ってはいたが、流石に涙声で言われることは想定していなかった。絶対に、弱いところを人に見せないやつだから。


「ごめん、花子。」

体が自然に動いて、花子を抱きしめようと伸ばした両手は遮られた。

「触らないで、もう。」

弱々しい、拒絶は酷く痛々しく見えてしまう。
鼻をすする花子を俺はもう、抱きしめることも口を塞ぐことも頭を撫でてやることもできない。

そのことが無性に悲しかった。



「ごめんな。」
「謝るんだったら…!」

叫んで、
花子はとうとう泣いた。


ごめんなごめんな

どうか君よ幸せに。

君に幸あれ

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